第五章第一話 記憶
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何故、我々は類無き砂ではいられないのか
何故、我々は自由に流れゆく水であれないのか
「もうダメかもしれねぇな……」
目を見張るほど暗く、陰湿な森。昼間だというのに光はひと筋も届くことはないその中に、二人の男女がいた。否、もっと注意深い者は気付いているかもしれない。茂みの影や木の上に在る、
禍々しい邪気に。
男が吐き捨てるように呟いた言葉に、しかし女は沈黙を守っていた。何か考え事をしているのだろうか。その眼は男も何も映してはいない。
「
悪ぃなヤレン。おれ様の問題に巻き込んじまった」
男はそんな女の様子を見て、少し悔しそうな顔をした。女は小さく首を振る。
「いや、お前のせいではない。いずれこうなることは、とうの昔から分かり切っていたことだ」
女は自嘲気味に言った。男は再び悔恨の表情を浮かべたが、目の前に現れた影を認め、すぐさま剣を構えた。男の顔が、僅かに青くなる。
「へッ……よりによって、一番厄介なヤツを差し向けてくれたな」
男は目の前に立つ影――年の頃は十代半ばの少女を見て呟いた。女がいち早く男の側に駆け寄り、【神術】の構えを取る。見た目はどこにでもいる、少し表情のない娘だ。だが音もなく現れた彼女に、男と女は少しも警戒心を緩めていなかった。
「あら、私は歓迎されていないようね」
少女は感情のない声で言った。だが不思議とからかっているように聞こえる。
「グレイブ殿の妹君が、おれ様に何の用だ?」
男は少女のからかいには答えず、少女を睨みつけながら言った。少女は男の睨みにたじろいだ様子もなく、ただそこに佇んでいる。
「心外ね。察しの良い貴方なら、分かっているはずだけど」
そう答えると同時に、凍て付くような殺気が森中に充満する。それは身体から発せられたものではなく、彼女の氷のように冷たい紅の瞳からであった。文字通り眼だけで殺されそうな、そんな眼力。
「……あぁ、分かってるさ。あんたがこっち側についてくれたら、ちっとは喜んだぜ」
「そう」
男の言葉に興味を示した様子もなく、少女は軽く返事をした。
「惜しい人生ね。あなたが『不正行為』をしなければ、今頃は魔星一の剣士として名声を博していたでしょうに」
依然殺気は抑えぬまま、少女は憐れみの眼を向けた。男はそれを聞いて、フンと鼻を鳴らす。
「『不正行為』だぁ? 何の冗談だか知らねーが、魔星一の剣士として名を揚げることはもう終わったんだよ。おれ様の夢は二つ。一つがそれで、もう一つは『いい女を見つける事』。それが単に人間の女だってだけだ」
「セイウ……」
男の言葉に、女が少し頬を染めて
咎めるように言った。聞き手の少女は表情に変化はないものの、いかにも馬鹿馬鹿しそうに、大きく溜め息を吐く。
「何を言っても無駄なようね。出来れば同類は殺したくは無かったのだけど」
少女は右手を前に突きだし、感情のない表情で男を見つめる。
「今の貴方は同類ですらないようだから」
少女の右手の平に魔力が収束する。人間には害のある、魔星に吹く風がその手の内から溢れてくる。
「はっ! それなら殺してくれよ。死んで、次はヤレンと同じ種族になってやる!!」
男は女に振り向き、にっと微笑みかけた。
「ヤレン……短い間だったけど、マジで楽しかったぜ。今度会う時は絶対に離さねえ。……愛してる」
そう言って、女の身体を引き寄せ、その唇に己のそれを重ねる。一瞬の口付け。だが二人にとっては、永遠とも言える誓いの接吻だった。唇が離れると、女も男に微笑みかけた。
「私もだ、セイウ。次こそは幸せになろう。お前に会えるなら、人間でも魔族でも構わない」
そして、互いに見つめ合う。もう二人に言葉はいらない。それだけで十分だった。
「お別れは済んだ?」
だが時は二人に残酷だった。彼らの目前に立つ少女は顔色一つ変えず、一部始終を見聞きしていた。その右手には、暗黒と形容するにふさわしいエネルギーの球体。
「……ああ、いいぜ。殺しなよ」
「潔いのね。一つ教えてあげましょうか。――魔星最大幹部は貴方たちを幸せになどしない、同じ種族にはさせない、と
仰っていたわ」
「!?」
その言葉に、男も女も目を見開いた。少女は彼らの反応を楽しむように、はきはきと言う。
「驚いているようね。幹部には魔力の高い方が大勢いる。何代も先まで生まれ変わりを巡り合わせないようにするなど造作もない事」
男の頬を冷や汗が伝った。たった今、約束したのに。次は二人で生きていこうと言ったのに。
「……へッ……」
男は肩を震わせ笑った。全てを清算するような、極めて高らかな笑い声。女はおろか、少女もこの時ばかりは目を見張った。
「それなら、むざむざ殺されるわけにはいかねえな。おれ様はてめぇを殺して、ヤレンとどっかに逃げる」
男のあっさりとした結論に、女は目を丸くし、少女は笑いはしなかったが嘲り笑いそうな勢いであった。
「愚答ね、愚答だわ。確かに貴方の剣技は超一流と言っても過言ではない。けれど、浅はかで愚かしい。私の力を知らないわけではないでしょう?」
「ああ、知ってるぜ。あんたの顔も名前も……あんたの言う“同類”に迫害されてもおかしくないあんたの境遇もな!!」
男がそう言った直後、それまで眉一つ動かさなかった少女の表情が、僅かに揺れた。同時に放たれた殺気は、先ほどまでの比ではない。それに気付いた女が男に小さく助言をする。
「セイウ、気を付けろ。奴の殺気、半端ではないぞ!」
「わあってるって。――あれがあいつの弱点なんだからな」
「……何……?」
女の問いかけに答える前に、男は一歩、また一歩と少女に近付いていく。少女は身動き一つしない。男はそれを良いことに、少女に対して罵詈雑言を浴びせかける。
「人間とのハーフってのは辛いよなぁ? 一魔王殿の妹だから良かったものの、そうじゃなかったら今頃、あんた生きてないぜ?」
教本でも読んでいるかのような口調で、嫌みたらしく、ねじ込んでいくように語りかける男。女は明かされた事実に驚きを隠せないようでいた。
「人間と……魔族のハーフ、だと?! そんなことが……!」
「あるんだよ。こいつの父君は戯れに人間の女を抱いた。それでこいつが生まれたんだ。おれ様とヤレンが『不正』だってんなら、あんたは『不正』から生まれた『無』だぜ!!」
散々男が罵ったせいか、少女の殺気は徐々に薄れていった。もはや当初の目的を忘れるほど、男に“弱点”を突かれたのだろうか。男は口の端をつり上げ、次には少女に走っていく。
「終わりだ!!」
男が剣を振り上げ、少女の胴体を薙ぐ。少女は口から血を吐き、塵となった――はずであった。
「が、っ……は……!?」
だが口から血を吐き、地に倒れ伏したのは男の方だった。その腹部には直径二十センチほどの穴が開き、口からもそこからも血が流れ、一帯は血の海となる。男を見下ろすように立っているのは先ほどの少女。その右手からは黒煙が上がっていて、あのエネルギーの球体を放ったのだと分かる。
「貴方のような人に、飽きるほど言った言葉なのだけど」
男は朦朧とした意識の中で、それを聞いていた。女は目を見開き、がくがくと震えている。
「私はこの体質を嫌っているわけではない。実際、この身体のお陰で兄様よりも強い魔力を持てた。別に兄様に恨みがあるわけではないけれど、そうなると何かと便利なの」
少女は淡々と語った。しかしどこか嬉々としている紅の瞳。
「それともう一つ、同じ位そういう輩に言った言葉があるの。聞きたいでしょう?」
男はこれ以上ないほど目を見開き、必死に首を振って懇願した。その言葉が何か、彼は知っていた。一瞬で記憶も身体も、全てを失う言葉――。
「【願わくば、汝の力此処に】」
少女は冷笑を浮かべ、その言葉を紡いだ。すると木々の合間を縫って、魔星の瘴風を纏った灰色の龍が数匹現れ、男めがけてその巨大な口を開け、喰らう。声にならない男の悲鳴は途絶え、龍の口からは肉を噛み切る音だけが響き、赤黒い生き血が滴り落ちる。女は飛び出そうなほど瞼を開き、わななく唇に手を持っていくのがやっとのようだった。灰龍が不意に口を開き、吐き出したモノ――白くいびつな、穴が二カ所開けられた塊。男だった物の、頭蓋骨だった。龍の群れは満足そうに一声上げると、再び木々の合間を縫って消えた。
「セ、イウ……? セイウ、セイウ!!」
女は男の名を呼び、辛うじて残った男の面影を抱き締める。温もりのない、ただごつごつとした感触のそれ。女は堪らず、一粒の涙を落とした。
「莫迦な男ね」
女のすぐ後ろで、少女が吐き捨てるように言った。
「大人しく魔星で余生を過ごしていれば、こんなむごい死に方をせずに済んだのに」
女は黙って少女を睨みつけた。実際にその惨い殺し方をしたのはこの少女である。睨まずにいられるはずがない。
「さて、お喋りもつまらないわね。何か言いたいことでもある?」
少女は無表情のまま女に告げた。顔を一度男に戻し、再び振り返るなり、女は大声で言った。
「
半魔ごときに、負ける私ではない!!」
少女は今度は眉すら動かさなかった。
「素敵な辞世の句ね。でも――さよなら」
自分ではない誰かのことなのに、見せつけられたその風景は酷く鮮明で。
例えるならそう――何かに噛み砕かれていくような感覚。それ以上考えていられなくて、必死に藻掻いて、藻掻いて。ようやく光を見つけ、そこに飛び込んでいく。
眼に映ったのは、必死だった名残か、高く上げられた右腕だった。荒い息。汗ばむ身体。まるでその夢の全てが自分に起こった出来事だったかのように、身も心も疲れていた。
あれは夢だったのか。それとも、本当に起こったことなのか。目が覚める直前に殺されただろう女はヤレンと呼ばれていた。あれが『巫女の森』のヤレンなのだとしたら、あんな悪趣味な夢が現実にあったのではないか。無惨にも頭蓋骨のみとなってしまった男のことを、以前ヤレンは口にしていなかったか。
『私はセイウ以外の魔族を憎んでいるさ』
ヤレン。セイウ。そしてあの“半魔”と呼ばれた少女。今見た夢の真意とは一体なんなのか。もしかしたら、四百年前に繋がる事実を辿っているのではないか――。
イチカはベッドからおもむろに起き上がり、右腕に負担を掛けないよう慎重にそこから降りた。今彼は“絶対安静”のはずだが、そんなことは物ともしない。怪我をした直後は確かに傷は酷かった。だが丸一日、なにもせずに寝ていれば痛みなどほとんど無くなっていた。傷口は完全に塞がっていない。だが十分に動ける。そんな状態でもう一日、ベッドの中に居たくはない。少しでも身体を動かさなければ落ち着かない、というのがイチカの本音だ。もっとも、当たり所が良かったからそんなことが言えるのかもしれないが。
あの二人の裁判はどうなっただろうか。無事に無罪で切り抜けられたのか。それとも有罪判決が下り、じきに刑執行となる身なのか。――
考えてみればそれは当たり前のことではあった。あれだけ殺意を持って、少なくとも自分たちという目撃者がいたのだ。彼らほどの凶悪犯罪はまれに見るケースだろう。普通の犯罪よりも刑が重くなって当然なのだ。だがそれでも、助かってほしい。こんな矛盾する気持ちを抱いている。それは自分のエゴだ。自分の都合の良いように事が進めばいいなどと思っているのだから。
どことなく重い足取りなのは怪我のせいだけではない。この件についてはあまり考えないことにした。そんなイチカの耳に、賑やかな音が届いた。知らず溜息が出る。どんな時でも騒げる彼らが、やはり少し羨ましく感じた。
「――でねっ、ヤレンとその男の人が、きっ、きっ……」
「キスしたの?! それで?」
気がついた時にはドアを開け放ち、中へ踏み込んでいた。
幾つもの視線が集中したのが分かったが、今はそれよりも真実を確かめたかった。真っ先にそれを話した人物――碧へと向かう。この世界では数少ない、漆黒の瞳。それが何よりも動揺を示していた。
「あ、おはよーイチカ……」
片手を上げて暢気にしてきた挨拶も、無視。その手首をそのまま掴み、真後ろの壁に押さえつけた。
動揺していた空気が、この瞬間完全に固まった。
もちろん、イチカは気付かない。というよりも、意識していない。していればこの状況を何とかするだろうし、何よりもまずこんな真似は最初からしないだろう。
だから彼は、仲間たちがにやつく理由を知らない。
「た、たたた隊長っ! 緊急事態が発生しましたっっ!!」
「前方二メートルいちゃいちゃしているカップルがいますっ!!」
「隊員たちはただちに下がるのよっ! ここは退くが勝ちっ!!」
「雰囲気崩さねェよーに!」
『了解!』
極力小声で作戦会議らしきものをしたあと、真剣そうな会話に見えるのにも関わらずにやけながら部屋を出ていく五人。
「……子供だねぇ」
一番子供なはずのミリタムに言われる始末。
これは、何なのだ。
いつものように眠ったはずなのに、不思議な夢を見た。自分のことなどどこにも出てこない、他人の話。ただその中に、この世界に来たときから頭に声を送り、その後も援助してくれた巫女がいた。目が覚めて、いても立ってもいられなくて、仲間たちに報告しようと思い、今に至る。
顔の横に、自分のではないたくましい腕。目の前には美しく端正な顔。それらを見比べて、碧は顔や全身が熱くなるのを感じた。どこかで必ず見たことがある展開だった。少女漫画のワンシーンだったり、恋愛ドラマの佳境だったり。それを記憶しているから、尚更意識してしまうのだ。何も考えられなくなる。目をそらせなくなる。ヒートアップする脳内で碧が唯一確信したのは、たった一つ。
自分は今、とても良い状況にあるのだということ。
それにしてはかなり段階を飛ばしているような気がしたが、せっかくのチャンスを野放しにできるはずがない。
――据え膳食わぬは女の恥だもん!
普通の使い方をすれば「女」の部分は「男」のはずである。
いろいろと間違っている碧は、意を決して双眸を閉じた。そんな気など欠片もないイチカは突然目を瞑った彼女を呆けた眼差しで見ていたが、本題を思い出し口を開いた。
「見たのか」
「え……っ! そそそんな見ただなんてそんな、あたしそんな恥ずかしいことしてないしそりゃちょっとしたいなぁとか思ったけどこれと言ってそんな下心なんて無いっていうか無意識だったっていうかあれは事故、そう事故だから」
「……何を言っている」
「ふぇ?」
誤解したまま突っ走っていた碧の暴走を止めるように、イチカが呆れたような声で訊ねた。彼から発せられる気は、よく神経を研ぎ澄ませばそんな良い物ではないことに気付く碧。イチカは小さく溜め息を吐き、もう一度、今度は主部も含めて問うた。
「お前も、夢を見たのか」
部屋の中ではようやく誤解が解けたものの、外で成り行きを見守るラニアたちにはそのことは伝わっていない。故に、碧のように誤解したままで、外からこそこそと中を覗き見ていた。だがその体勢が先ほどと全く変わっていないことに気付いて、ラニアは首を傾げた。
「……? なんか、あまりいい雰囲気じゃないわね」
「むしろ、何かすごく重大な話をしているような気がする……」
「あっ、ポーカーフェイスが動いたぜっ!」
「こっちに向かってきてないか……?」
そう呟いたジラーの言葉は、悲しくも当たってしまったようで。
慌ててドアから離れる。それと同時に、勢いよく扉が開けられた。何か言いたそうな表情のイチカがそこに立っていた。各自目配せをする。ミリタムは一言も喋っていないせいか知らん顔。だが勇敢にも、立ち上がった者が二人いた。白兎とラニアである。
「あ〜らイチカ、ご機嫌よう! 実はたった今ここを通りかかった所なのよ!」
明らかに様子が違っている――強いて言えば普段よりもいくらか傲慢な口調なラニア。誰であってもその豹変ぶりに気付かないはずがない。例によって眉をひそめ、口を開こうとするイチカを制するように、白兎がわざとらしく割って入る。
「よお久しぶりだな! 今風呂に行かねェ方がいいぜ! 混んでるからな!!」
あまりにも無理がありすぎる設定に、カイズ、ジラーは目頭が熱くなるのを感じた。なお、碧とミリタムは苦笑している。
確かにここはレクターン王国での裁判が終わった後、事情を知らない国内ならば心配ないということで泊まった宿ではある。カイズとジラーはその後の諸審査で一日おき、今朝帰ってきたばかりであった。
ラニアと白兎の熱演に心を動かされたのか、それとも呆れて物も言えないのか、イチカは暫し黙り込んでいた。そのまま頭を抱え込みそうな勢いで、絞り出すように言った。
「……見え透いた嘘をつくな。さっきまでそこにいただろう」
何をしているんだ、と据わった目で五人の顔を眺める。まさか「いつもと違う行動に出たあなたがアオイに何をするのか気になって見守ってました」などと言えるはずもなく、ミリタムを除く四人は引きつり笑いを浮かべた。
「そういえば貴方たち、何の話をしてたの?」
さりげなく助け船を出したミリタムに、グッジョブと心の中で親指を立てる四人。イチカはああ、と短く答え、代わりに碧がそれに答えた。
「イチカがね、あたしとおんなじ夢見たんだって」
それを聞いて、今度は五人が全員目を丸くした。
「“同じ夢”……?」
「ってことは……」
「コイツもあの……」
「おもいっきり恋愛話的な夢を……」
「見たってこと……?」
一同、固まる。空間が止まる。時間さえ、凍えて止まる。
「だっはははは!!」
「ははっ、ごめ……はははっ!!」
全てが動き出したその瞬間、目尻に涙すら浮かべ、宿全体に響くほどの大音響で笑いまくるイチカと碧以外の仲間。そんなに珍しいかと失望すると共に、例えようのない怒りが込み上げて、知らずと手が剣に伸びる。その手をすんでの所で止めたのは。
「あの、ね。あたし、みんながあんなに楽しそうに笑ったの、初めて見たかもしれない。だから……今だけは、そっとしておいてほしいなって、思ったの」
ハッとする。こんな安息の時間は、今まで数えるほどしかなかったと。
魔族が現れて、何の関係もなかったはずの、兄弟のような三人を巻き込んだ。標的が分かってからも、平和な日常を過ごしていた二人をも旅の道連れにして、怪我さえ負わせた。その責任は全て、『異世界人』である自分たちにあるというのに。
笑う暇は無かった。泣かせる事ばかりが続いた。それでも弱音一つ吐かず、皆がついてきてくれた。今そのことに感謝せずに、いつ感謝するというのだろう。これから先の休息は見込めない。ならばせめて、この瞬間だけでも。
「……別に、元からどうこうする気はない」
精一杯の、感謝だった。感情を表せない自分が言える、精一杯の言葉だった。
碧はただにっこりと微笑んで、幸せそうに眩しそうに笑い続ける仲間たちを見つめていた。この安息が、少しでも長く続くようにと願った。
これからどんな試練が待ち受けていようとも。
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