第四章第九話 紙一重の善悪
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悪あるものには鉄槌を 善あるものには祝福を
悪は戒めし存在であり 善は祝福すべき存在であれ
どんな大国にも属さず、一つの聖域として名を轟かせる『巫女の森』。四百年前この世を救ったとされるヤレン・ドラスト・ライハントを崇め称える聖地。かつては彼女のような巫女になりたいと、この森で修行を積む者が後を絶たなかった。だが数百年前を境に巫女を志願する者は減り続け、いつしかたった一人の少女のみとなった。
(……それが……この
娘か)
ウオルクは蛙のように地面にへばり付き、身動きが取れない状態だ。動かそうとしてもどの神経も反応しない。強いて言うなら、うつ伏せになった身体の上に何かがのし掛かっているような、そんな感覚。だが首から上は辛うじて動いたため、目の前に立つ少女を盗み見た。
――それを見計らったように、月が雲を押しのける。
年の頃は十五前後だろうか。細めの体躯で、やや漆黒をした腰まで届く髪は、首の付け根でおさげにしてある。一見どこにでもいそうな少女ではあるが、煌びやかな紅白の衣装が彼女の役割を、可愛らしい顔からは想像もできないほどの【神力】の持ち主であることを物語っている。
(それにしたって若すぎねぇか? いや、それ以前にこの歳でこの威力の【神術】……『救いの巫女』とやらの生まれ変わりじゃねーだろーな?)
一種の「任務」で、彼は『巫女の森』ほどではないが聖域に行ったことはあった。そこにもやはりこのレベルの【神術】を扱う巫女はいたが、彼女は中年の域に差し掛かっていた。才あるものでもこれを修得するには十年近く掛かる。口癖のように言う彼女の顔は、実年齢よりも老けて見えた。やつれるほど厳しい修行であったことは、まだ幼かった彼にも分かっていた。
「『闇に紛れし
邪・辰巳の方角より神聖を
壊す』……あなたの事でしたか、ウオルク・ハイバーン。最も邪悪にして忌まわしき集団、ガイラオ騎士団員」
少女――サトナがぽつりと、憎しみを込めて呟く。それを聞いてひゅう、と口笛を鳴らすのはウオルク。
「やけにオレに詳しいじゃねーか。ファンクラブなら大歓迎だぜ」
「愚問に付き合う
私ではありません」
ウオルクの言葉は当然のように流し、サトナは彼を一瞥した。完全なる憎悪。その表情に名を付けるなら、それが最も合うだろう。依然身体は動かないが、首だけはよく動くので、ウオルクは顔を傾ける。
「つれねーお嬢さんだな。じゃあなんでオレがこんな目に遭ってるのかぐらいは教えてくれねーか?」
「当然の報いです」
サトナはこれにははっきりと答えた。だがそれだけでは意味が分からず、ウオルクは再び顔を傾ける。その心情を汲んだのか、サトナは歌うように言葉を並べていく。
「分かっておいでですか、ご自分がおやりになったことを? あなた方外道が行っていることはすなわち、生命の著しい減少を促しているのです。世の混乱、人々の悲愴を招いて、何が楽しいのですか」
「そこまで言われると……」
サトナの言い分は少し行き過ぎているようにも感じるが、なるほどその内容は納得できるものだった。ウオルク自身、行き場が無く飢え死にを待つのみだった幼い頃、当時の団長に拾われ入団した身だ。そこでやるべき任務を聞いて、初めは非難し、困惑したのを覚えている。だが、そこで首を縦に振らなければ飢え死にしてしまう。やむを得ず頷き、気が付けば馴染んでしまっていたのである。道徳心のある行動ではないが、成功すれば報酬が貰える。生きる道を一歩辿ることができる。そのことに感謝しつつも、心のどこかに罪悪が残っていたのは確かだ。
(確かに良いコトじゃねぇよなぁ。でも報酬は捨てがたい……)
一方のサトナは、そんなウオルクの心情などつゆ知らず、先ほどの彼の発言にぱっと表情を輝かせていた。
「そうでしょう? そのような非情な行いをして何になると言うのでしょうか。あなたの人生は、あなた自身で変えてゆけるものなのです。これからの行く末は、あなたの善行によって開かれるのです」
巫女と言うよりは宗教家のような口調だが、当のサトナ本人は真剣に訴えかけているようだ。その真剣な訴えかけが届いたのかどうか定かではないが、ウオルクの唇は僅かにつり上がっていた。彼のチャームポイントである、人懐こい笑みだ。
――彼をよく知っている者ならば、それが何かを企む表情だということに気付くのである。
「……今からでも、遅くねぇのか?」
「もちろんですわ。あなたの人生はまだまだ長いのですから、改善の余地はあります」
「そんなら、抜けるかな〜。オレの人生は始まったばっかだしな〜」
力強く頷くサトナにつられるように、うんうんと顔を上下に動かすウオルク。わざとらしい言い方であるのに、不思議とそう感じられないのがウオルク・ハイバーンという男なのである。
「まぁ、めでたく脱退したワケだし。この【神術】解いてくんねーかな」
「あ、すみません! 今解いて差し上げますね。【
済】」
サトナが手のひらをウオルクに向けると、身体からすっと重みが消えたのが分かった。立ち上がり、手足の動きを確かめる。思ったより動きが滑らかだ。関節の節々にかなり響いたと思っていたのに。
「ありがとな。で、あんたの名前は?」
ウオルクの問いに、僅かに眉をひそめ疑問符を浮かべたサトナであったが、すぐににっこりと微笑んだ。
「サトナ・フィリップですわ」
「そう、サトナか。よろしく」
そう言って、右手を差し出すウオルク。サトナは彼の顔と差し出された手を見比べ、誰の目にも分かるほど動揺している。巫女という職業柄、こういったことには慣れていないのだろう。それでも、いつまでもその状態で待たせるのも悪いと思ったのか、おもむろに右手を差し出した。
互いに握り合ったのは一瞬だったかもしれない。
「――!?」
ふわりと、地面から足が離れた、ような気がした。それがサトナの見解だ。ウオルクの右手を握った瞬間、その手は彼女もろとも引っ張られ、互いの距離が縮まったのだった。そして僅かな時間に、流れ作業のように事は進行していった。一瞬、頬を何かがかすめて、また一瞬、離れてゆく。何が起きたのかよく分からない。ただ――頬をかすめた何かの感覚だけは、鮮明に覚えていた。
「挨拶代わりにちょっと頂いたぜ」
自らの頬を指差して、あの悪戯っぽい笑顔を浮かべながら説明するウオルク。それでもサトナにはよく分からない。全く分からない。挨拶代わりに、頂いた?
「何を……ですか?」
呆けた表情をしたのはウオルクだ。次には困ったように後頭部を掻いて、視線を
彷徨わせている。
「……あーーそうだよなぁ……巫女はなぁ……分かんねえよなぁ……」
そう呟く意味すらも。
「なんてゆーかな……ああ、そうそう。お近づきの印ってヤツだ。仲良くしようぜ。団から抜ける気はねえけど」
「はい! こちらこそ仲良く……」
“団から抜ける気はない”
抜ける気はない。団から、悪の頂点ガイラオ騎士団から抜ける気はない。
はっとして、サトナが顔を上げるもウオルクの姿はなし。慌てて結界を作るが、『巫女の森』内に彼の気は感じられない。呆然として、騙されたことに気が付いて、怒りが沸々と沸き上がってきて。
「うっ……嘘をつきましたね……? 許せませんっ、戻ってきなさい悪の化身っっ!!」
サトナの叫び声は、『巫女の森』を爽やかな気分で走り去るウオルクにももちろん届いていた。当然のごとく戻ることはなく、その怒りを文字通り背中に受けながら。
全ての出来事から五日が経った。緊迫の、王国裁判の始まりだ。レクターン王国王立裁判所にて、カイズとジラーに対する判決が下る。彼らの罪は、日本では『最低最悪の凶悪犯罪』とでもいうのだろうか、と碧は思う。今まで全く縁のない話だと思っていた。イチカの境遇も、カイズたちの過去も、碧にとってはこの世界に来て初めて関わりを持った出来事だ。あのままだったら、たぶん、ずっと関わることはなかった。あまり良い意味ではないが、少しだけ世界が広くなったように感じられる。
イメージでしかなかった裁判所を見上げながら、碧は暫し言葉を失う。裁判所と言うから極端に暗くて極端にシンプルなものだと思っていたが、今目の前にそびえ立っているこの建築物は、明らかに遠方――丘の上に見えるレクターン王国城に負けず劣らずの外観である。ひたすらに荘厳というか、飾らない立派さだ。レンガ造りのそれは、小規模な城ほどの高さはあるだろう。ただ、その入り口も無数に並ぶ窓にもガラスや鉄ははまっていない。どなたでもご自由にお入り下さいと言わんばかりの開放感である。そしてその頂上はやや低めの凹凸の塀に囲まれた屋上らしく、この国の国旗であろう青地の旗が、風に揺られて大きく波打っていた。
「第二の城ね」
ラニアが興味深そうにその『第二の城』を眺めて言った。先ほどまでとは打って変わって、いつもの彼女らしく落ち着いている。碧はそのことに安心した。先ほど――と言ってもほんの二時間ほど前だが――ネオンと、王国騎士隊長兼彼女の世話係でもあるオルセトと再会したのだった。開口一番、「幸運は一度だけじゃないってね」と意味深なことを言うネオン。彼女が言うには、今回カイズとジラーが事件を起こした宿は、レクターン王国領最南端であり、そこを一歩でも出ていたらレクターン王国で裁判が行われることは無かったという。それを聞いた途端、ラニアは堰を切ったように泣き出し、しばらくその場を動けないままでいたのだ。今はまだ落ち着きつつあるが、これで無罪放免になったら今度はどうなるか分からないななどと思いつつ、ゆっくりとその中へ歩を進めた。開放的な入り口の通り、裁判は一般国民が傍聴しても良いことになっている。ただし、今回の事件は自国の王女が関わっているということもあり、一般には告示されていない。あくまで身内のみの裁判ということになる。
「そう言えば、イチカだけで大丈夫? 魔族とか襲ってこないかな?」
「一応、防御魔法は部屋全体にかけておいたし。それにイチカにも結界張ったでしょう。心配ないよ」
どんな事態が起こっても、魔族が襲ってくる可能性は決して低くはない。それなら全員で行動を共にしても良かったが、彼の場合は、今はそれほどではないにしろ大怪我を負っている。下手に動かしては逆に治りが悪くなる事もあり得るのだ。なお、碧は自らに結界を張ることができるが、それ以外の人間や物にも張ることが可能だということを発見したため、早速イチカで試してみたのだった。それでも、魔族を相手に安心はできないのだが。
長く狭いが豪奢なまでの照明で照らされた廊下を渡り、階段を二度使い、現れたのは映像でしか見たことのない法廷であった。なるほど造りはどこの世界も変わらないらしい。裁判官たちの眼が一瞬こちらを向いたが、すぐに何事も無かったように戻された。裁判長はまだ来ていないようだ。傍聴席に座り、静かに待つ。もう一度廷内を見渡して、碧はあれ、と声を上げた。
「弁護士とか、検察官とか、いないの?」
「ちょっと前まではいたんだけど、法律が改正されてねー……。判決は裁判長と裁判官二十人、それと証人の意見で決まるようになったのよ」
「証人……ネオンだ!」
「そういうこと。でも何を言うつもりなのかしらね?」
そんな会話をしていると、突然、裁判官たちが一斉に立ち上がり、入り口に向かって軽く礼をした。彼らの目線を辿っていくと、そこには大学帽のような帽子を被り、右手に何かの本を持って立つ初老の男性がいた。自分に対して向けられた礼に答えるように、帽子を脱いで会釈する男性。恐らく彼が、今回の裁判を取り仕切る裁判長なのだろう。再び帽子を被ると、ゆっくりとした足取りであの最高席へ向かう。固唾を飲んで、その姿を見守る碧たち。やがて裁判官はおもむろに席に着くと、手元に置いてあったベルを一回鳴らした。どうやら裁判開始の合図らしい。
「これより、被告人カイズ・グリーグ、ジラー・バイオスに対する審判を執り行う」
どこか威厳のある口調でそう告げると、再度ベルを鳴らす。すると先ほど碧たちが通ってきた通路から二人の男が姿を現し、裁判長に会釈、入ってすぐに左右に避ける。その後ろから入ってきたのは。
「あ……!」
思わず声を上げてしまう碧。続けて入ってきたのは少年ら。言うまでもなく、カイズとジラーであった。いつも身に付けている鎧や武器は外れ、簡素な着衣だけの姿で、両手には手錠とおぼしき鉄輪。想像し得なかった姿に、皆は心が痛んだ。
「――彼らは多くの人々に重度の怪我を負わせた傷害の罪に問われている。本日はその無罪を証明すべく、ネオン・メル・ブラッサ・レクターン氏が証人として登壇される」
その名が上がった瞬間、裁判官から、碧たち以外にも野次馬根性で入ってきていた人々からどよめきが起こった。無理もない。現住国民ならば誰もが知っている第一王女。彼女が自ら、証言台に立つというのだから。ネオンは会場に沸き上がった話し声を、静かに片手を上げて制した。
「どうか、ご静粛下さい。私がここに立つのは、国民の皆さん、ひいては運命のいたずらでそこに立ってしまった、私の友人のためなのです」
芝居がかった口調であるのに、何故かこの場では真剣な響きをしていた。そのせいか誰も反論するものはいない。
「何故罪人が友人かと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし彼らは決して罪人などではありません。私はそれを、良く理解しています。だって彼らは私の命の恩人なのですから」
それを聞いて、今度は会場中がざわついた。早くも裁判官の間で討論が始まっているが、それどころではない者――被告人たちもこれには驚いていた。正確には、カイズは僅かに頬を染め、ジラーはやんわりと微笑んで。彼らの反応を見る限りでは脅しの類ではない、何らかの口封じだと、様々な意見が飛び交う中、ネオンの凛とした声が法廷内に響く。
「あれは、忘れもしない七年前。私が『巫女の森』付近まで散歩をしていた時でした……」
「脱走の間違いだろ」
小さく突っ込みを入れるカイズの声はネオンには届いていたのだろう――気品のある笑みの奥にうっすらと青筋が見えている。だが今は証人として来ているので、一応自制はしているようだ。子供に童話を読み聞かせるような声で、ネオンは大体このように語った。
七年前――まだ外の世界もろくに知らず、城の地図でしか見たことのない場所が多くあった。そんな中で唯一『巫女の森』は例外で、生まれてから毎年一度は必ず訪れていたのだ。さすがに七年間も通い続けているのだから、そろそろ一人でも出歩けるはずだ。そんな考えで、従者も連れずたった一人で数キロの道のりを歩いていたときだった。己の十数倍はあろう樹木は視界を阻み、自分以外の存在の確認を遅らせた。突然、草陰から現れた黒ずくめの影。慌てて後ずさろうとして眼に映ったのは手に持つ鋭器。その時は世の中の事情が全く分かっていなかったが、自分がどんな状況に陥ったのかは理解できた。
『逃げなければ』。
そう思い身体を動かそうとしても、こんなに恐ろしい目に遭ったことがなかったせいか、地べたに座り込んだまま身動きが取れない。盗賊は目元以外を隠していたが、とても嬉しそうに、その凶器を振り下ろした、ように思えた。きつく眼を瞑って、考えたくもない痛みを想像する。だがそれはやってこない。恐る恐る目を開けると、凶器は自分に突き刺さる寸前のところでその役目を果たしていなかった。つまるところ、刃が無くなっていたのだ。何が起きたのか理解できなかった。やはり理解できていないらしい、目を見開いている盗賊の後ろに、自分と同い年くらいの少年らが並んで降り立ったのはその直後。彼らは年不相応な笑みを浮かべ、舌足らずな口調でこう言ったのだ。
「おうてめー、むてーこーなおんなになにしてやがんだ?」
「おとこのかざかみにもおけないやつっ!」
男と決まったわけではないが、口々に言う子供に腹を立てたのだろう、盗賊は腰元から別の凶器を取り出すと、素早い身のこなしで少年らに向かっていった。彼らは驚いた様子も見せず、それぞれの武器を構えた。軽そうな金属音が響いて、何かの破片が地面に突き刺さる。刃物だったのだろう、それはとてもいびつな形をしていた。だがそんなことよりも驚いたのは、二人の少年の並外れた強さだった。自分とそう変わらない、年下とすら思える彼らが、大の大人を圧倒している。その後も盗賊は次々と武器を繰り出していくが、ことごとく破壊されていた。策が尽きたのか樹を渡り、逃げ去っていく盗賊。そんな背中にも「てめーにとーぞくなんかにあわねーぞー!」「とっととやめちまえーー!」と悪口を浴びせかける二人。呆気にとられていたが、何か重要なことがあったはずだ。何か、感謝を表す言葉が。
「あり……が、とう」
一斉にこちらを振り向いた彼らの顔は、やはり幼く見えた。
「れいはいらねーよ! おんなをたすけるのはとーぜんのことだからなっ!」
「そーそーっ! こまってるひとをたすけるのもきしのつとめっ!」
外見に一致しない言葉を喋るものだから、面白おかしくて笑ってしまう。Vサインをつくり、微笑みかける二人に頷くことで応えた。ふと、鎚を持つ少年が腰に携えた巾着袋に目を落とし、何かを探る。どうやら時計らしきそれを見て、細剣を持つ少年に早口でまくし立てた。
「じかんだ、カイズ」
「やべぇっ! じゃーな、おれらかえんなきゃ」
「えっ、あっ、まって!! かえりかた、わかんない……」
走り出そうとする少年らを引き留め、そう呟く。急いでいるようだし待ってはくれないだろうと内心思っていたのだが、思いのほか彼らはにっこりと微笑み、快く承諾してくれたのだ。短時間に二度も助けられ、感謝でいっぱいだった。
「素晴らしい!」
「なんと心の優しい少年たちだ」
裁判官、傍聴席の大部分がネオンの証言に賛同し、席を立って拍手を贈る者も。気恥ずかしそうに視線を
彷徨わせるカイズと、
清々しそうに眼を細めるジラー。だがそんな空気を押し出すかのように立ち上がる者がいた。「異議あり」という老いた反対者だ。
「お言葉ですがネオン王女。貴女様は彼らに騙されているのではないか? ガイラオ騎士団は幼い頃より世をうまく渡る術を伝授すると聞く。貴女様を助け、一国の信頼を買い、くだらない任務遂行のダシにしているのだと、私には思えてなりませぬ」
「そのようなことは決してありません」
間髪入れずにはっきりと答えたネオンの言葉に、その場の一切の物音が消える。
「彼らは初め、私を連れ去った盗賊として獄中に入れられるところでした。しかし程なく解放されました。何故だか分かりますか? 彼らは自分の境遇や情報を包み隠さず話し、そのような意志がないこともここに誓ったからです。それからもう七年が経っていますが、王城内で変死した者は一人もいません。それは私以外の者に聞こうとも、変わることのない事実です」
信任書と書かれた書類を高く掲げ、反対意見に対応するネオン。老人はむう、と唸り、それ以上反論することはなかった。裁判長は周りを見渡し、他に意見がないかを促す。
「それでは、判決を下そう。ネオン氏が語られた内容を以てしても、彼らが犯した罪は決して赦されるものではない。何人もの負傷者を出したことは事実に他ならない」
ぐっと唇を噛むネオンと、傍聴席にいる碧ら。やはり、最悪の事態は避けられないのか。悔しさと悲しさで涙が溢れそうになるのを必死で堪え、皆は次の言葉を待った。
「――しかし、君たちはまだ若い。若さ故に起こした行動であることも否めない。もしも今、罪を悔い改め、どんな罰も受け入れる覚悟があるのならば、いくらか減刑もできよう」
わっと、法定内が歓喜に包まれた。耐えられず涙を流す者、呆けている者、その他大勢の人々が、形は違えど彼らを赦してくれたのだ。
「どんなことでも、喜んで」
「それで少しでも罪を償えるなら、この命は預けます」
しっかりとした口調で述べる彼らの目元から、一滴の雫が滑り落ちた。
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