第一章第七話  おてんばプリンセス

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「レクターン王国?」
 カイズが怪訝(けげん)そうな顔をする。
 昨夜、碧がヤレンから受けた伝言。それは、“レクターン王国の王女に会いに行け”とのことだった。
「別に構わねーけど……」
 言葉とは裏腹に、かなりイヤそうな顔をするカイズ。
「いいじゃないの、アオイが行きたいって言ってるんだから」
 そう言うのはラニア。あたしも行きたいし、と付け加えている。
「ムリにとは言わないよ。あたしの勝手で行きたくないでしょ?」
「あ、いやいやそーゆーワケじゃねえよ。行こうぜ、レクターン王国へ!」
 と言いつつも笑顔が引きつっているカイズを、碧は申し訳なさそうな眼差しで見ていたのだった。

「それにしても……」
 その会話から五日かけて訪れた、レクターン王国王都・セレンティア。ちょっとした坂の都として有名であり、人口およそ二五十万人の中規模な都市だ。坂の上から見下ろせば、遠くで魚を買う主婦や、肉屋で必死に値切っている子供、挙げ句の果てには道の真ん中で酔っぱらいが寝ているという風景が臨める、なんとも愉快な都である。
「すごい……」
 ラニアと碧は、感嘆の声を漏らしていた。その自由そうな国民の生活、坂そのものに対する感動である。
「あれ? ラニア来たことないの?」
「うん。引っ越してからは、一度もウイナーから出たことがないのよねぇ……」
 その辺にいるおばさん口調で話すラニア。
「そーなんだ……」
 新たな街に来たと言うことではしゃぐ女性陣の後ろでは。
 興味なさそうな顔をしているイチカと、きょろきょろと辺りを見回すジラー。その中で、カイズだけはどこかそっぽを向いて、しかめっ面をしている。
 ――来たくなかった。
 と、顔に書いてありそうな程である。ふと、イチカが呟く。
「兵士が多いな」
 言われて初めて前を見るカイズ。ジラーや女性陣も、改めて見回す。胸に『レクターン王国騎士』と記されているバッジ。被っている帽子は縦に長く、『R』と彫ってある。それを除けば、あとは軍服に在り来たりな緑の服が目に付く。
 その中の一人――年の頃は二十歳前後の男が、こちらに駆け寄ってきた。
「げ」
 カイズは小さく言葉を漏らす。
「カイズ・グリーグ、ジラー・バイオスだな?」
「……ああ」
 男に訊ねられ、カイズがイヤそうに答える。ジラーはどこかきょとんとしている。
「王女様を見かけなかったか? ……第一王女だ」
「え〜と……」
「知らねえよ」
 ジラーの返答も待たず、答えるカイズ。
「……そうか」
 暫し二人を見比べたあと、やや残念そうに男は走り去っていった。
「……ジラー、カフェでも行くか?」
「ああ、そーだな」
 半ば強引に、カイズはジラーを連れて行ってしまった。明らかに先ほどの兵士と何か関係がありそうだ。
「どうしたんだろ? あの二人……」
 碧が、坂を駆け下りていくカイズたちを見ながら呟く。
「さあ……?」
「あの口振りは、以前会ったことがあるような言い方だったな」
 ぽつりとイチカが言う。
「そう言えば、そうねえ。まああの子たちは、ウイナーの郊外で倒れていたのをあたしが見つけただけで、過去は全然知らないわ」
「そうなの?」
「ええ」
 ラニアは五年前のことを思い出し、イチカと碧に話し始める。
 ――その日は雨が降っていた。
 あたしは、母さんのお使いの帰りだった。叔母の家に物を届けに行ってたの。叔母の住むユピテールっていう町は、ウイナーの東・レクターン王国にあるから、イヤでもウイナーの郊外を通らなきゃならなかったのよ。郊外を抜ければあたしの家が目の前にあるんだけど、それよりも先に何かを見つけた。家から十数メートルくらい離れた場所に、二人の男の子が倒れていたの。
 あたし、慌てて駆け寄った。その日はだいぶ前から雨が降り続いていたの。もしかしたら、もう死んでいるんじゃないかって……。
 ――……
 二人とも息はあってほっとしたけど、放ってはおけないからすぐに母さんを呼びに行ったわ。
 片方の子――カイズが、目を覚ましたのはその二時間後くらい。彼にとって、見慣れない顔が目の前にあったせいかしらね。カイズは後ずさりしてた。
「あ、起きたみたい! お母さんお(かゆ)、お粥!!」
「はい、はい」
 状況が分かってないんでしょうね。ずっと瞬きしてたから、
「あなたたち、そこの道で倒れてたのよ。覚えてない?」
 って訊ねたら、
「……覚えてない」
 カイズは少し考えたあと、そう答えたわ。
「そっか。そっちの子は覚えてるかな?」
「……ジラー、起きろ」
 カイズはもう一人の少年――ジラーを起こした。

『ぷはあ〜……』
 よほど空腹だったのか、二人とも母さんが持ってきたお粥を、ものの五分で食べてしまってたわ。
「助けてくれてありがとう! オレ、カイズ・グリーグっていうんだ!」
 最初の無愛想な言葉とはうって変わって、無邪気な口調でそう言った。
「オレはジラー・バイオス!」
 そのあとで、ジラーもあたしに自己紹介したわ。
「よろしくね」
『よろしく!! (あね)さん!!』
「はあ?」
 自分より年下で、会ったこともない子たちにそう呼ばれるのは初めてだったから、思わず素っ頓狂な声出しちゃったわよ。
「姉さんはオレたちの命の恩人だ!」
 カイズが目を輝かせてそう言った。
「姉さんが通りかからなかったら、オレたちは死んでた! よって尊敬します!!」
 ジラーも、何故か敬語を使ってあたしに言ったの。
「はあ……」
 何がなんだかよく分からなかったから、とりあえず納得することにしたのよ。

「……へえ〜。それでラニア、姉さんって呼ばれてるんだ?」
「そういうこと」
 そんな彼らの後ろ――セレンティア名物『破邪(はじゃ)の樹』から、誰かが降り立った。
 坂の都の人々は動揺し始めた。その目線は、全てそこから降り立った少女に向けられている。
「王女様!!」
 レクターン王国騎士の初老の男が叫んだ。少女は歩みを止めず、むしろ碧たちの方に近づいてきている。その目が自分に向けられているような気がして、碧は戸惑った。
(なに……?)
 そう思った瞬間、少女は止まった。碧たちがいるところより数メートル進んだ位置で。
 年の頃は十代半ば。髪は碧のそれに近いブラウン。軽くウェーブがかかっている――悪く言えばくせがあるそんな髪型。白いノースリーブに、紺のキュロット。腰には短剣という、先ほど男が言った“王女”というにはほど遠い身なりだ。だが、容姿には貴族のような気品が十分にあった。
「ネオン様!!」
 ひときわ大きな声が響く。先ほどカイズに訊ねていたあの男である。少女がそちらを向く。
「レクターン王国騎士隊長オルセト・グランディア。なにか?」
 少女は凛とした、良く響く声で訊ねた。
「今回は何処へ行っておられたのですか」
 男――オルセトは静かな怒気を含んだ声で訊ねる。それを聞いて、少女は長いため息をついた。
「……まーた説教? 言っとくけどね、あたし今回はレクターンから出てないわよ!」
 突然、彼女の声がどこにでもいるような少女の声に変わる。おそらくこれが、普段の声なのだろう。
「え、それでは……」
「ずーっと破邪の樹に登ってた。それよりも聞いてよオルセト! すっごくおもしろいことがあったの!!」
「なんですか?」
 やや呆れ気味な口調で訊ねるオルセト。少女は小さく笑い――
 その瞬間、何の前触れもなくあたりが殺気に包まれた。
(殺気!? どこから……)
 碧の横に殺気を(まと)った影が現れる。それが自分に向けられたものだと感じ、慌ててよける碧。固いコンクリートの地面が割れたのは、その次の瞬間だった。僅かに見えた人影は、たしかにあの少女だ。もし避けていなかったら、碧は致命傷を負っていただろう。
(なんだかよくわかんないけど、戦わなきゃいけないのかな……?)
 考えている途中に横から蹴りが来る。もはや考える暇など微塵(みじん)もない。
(戦わなきゃ……いけないみたい)
 そう心に決め、次にきたパンチをかわすついでに碧も攻撃を始める。少女は満足げな笑みを浮かべ、それに応える。
「はっ!!」
「はーっ!」
 暫し攻防戦が続き、二人は前腕を盾に、双方の攻撃を受けた。その反動で、離れたところに着地する。
 沈黙の中に、息づかいが聞こえてくる。
「ふーん……。できるね」
 赤くなった前腕を見ながら、少女が言った。何事か思いついたのか、パンと手を叩く。
「よしっ、特別に招待しちゃう! ついてきて! お連れさんたちも!!」
「へ!?」
 だが次の瞬間には、実際にはあり得ないような事を言い出し、碧は間の抜けた声を出すしかなかった。
「あ、そうそう。どっかでお茶してる、よ・わ・む・しさんもね☆」
 もちろんその声は、“どっかでお茶してる弱虫さん”たちにも聞こえていて。
「あの野郎! あとで殺すッ!!」
「まあまあカイズ……」
 愛用のレイピアを今にも抜きそうな勢いのカイズを、ジラーが(なだ)めているところだった。

「さっき言ってたと思うけど、あたしは一応この国の第一王女で、ネオン・メル・ブラッサ・レクターンって言うの。かるーくネオン、て呼んでオッケーだからね?」
 ネオンは一応、にアクセントをつける。
 なんだかんだで結局城へ行くことになった一行。その道中で、王女はマイペースに話し始める。
「はあ……」
 そう言われても、一国の王女に向かっていきなり名前で呼べる人は数少ないだろう。加えて一行とネオンの周りには、先ほどまで王女捜しに専念していた兵士達が取り囲むように歩いている。この状況で呼び捨てるなど、処刑してくださいと言っているようなものだ。
「そう暗くならない! あなたたちの名前は? そうそう、二人言わなくていいのがいるけど」
 そう言って後ろを振り向くネオン。
「けっ! 相変わらずむかつく王女サマだぜ!」
「いいじゃないかカイズ。美人さんなんだし」
 僅かに葉が擦れるような音が響き、木の陰から出てきた二人。いつの間にかついてきていたようだ。美人ならむかついてもいいのか、とジラーの言葉に碧はふと疑問に思った。
「カイズとジラー。昔、ちょっとした理由で知り合ったの。さ、名前教えて!」
「ネオン様、いいのですか?」
 城の前で立ち止まり、目を輝かせるネオンにオルセトが口を挟む。見ず知らずの人間をむやみに城内に入れていいのか、という意味も込められているようだった。
「なによオルセト。文句があって?」
「……全兵、直ちに城の門を開けろ! ネオン様の客人だ!!」
 案の定、という表情をしながら固く閉ざされた門の向こうに呼びかけるオルセト。門が少しずつ開けられ、城の中が見渡せる状態になる。
『すっごーい……!』
 女性陣にとっては、感動の連続であった。

「……アオイ、ラニア、イチカ、っと」
 何故かメモするレクターン王国王女。通された部屋にはオルセトと、もう一人兵士がいるだけ。ここまで無防備で大丈夫なのだろうかと、五人は揃ってそう思った。
「あの……」
 碧が丁寧に尋ねようとして――
「敬語厳禁! じゃないと聞かない!」
 そっぽを向くネオン。当分碧たちの方を向きそうもない。
「えっと……ネ、オン……?」
「なあに?!」
 たった一言を言うだけで、大量に汗を流したのはこれが初めてだろう碧。どこかから槍が飛んで来るのではないかとびくびくしていたが、幸いどこからも飛んでこなかった。ネオンは敬語を使わず話しかけられたのが嬉しいのか、目を輝かせて訊ねる。
「あたしたちを招いた理由、って……?」
「あなたに渡したいモノがあってね」
 やはり敬語を使わないことに抵抗があるのか、おずおずと話す碧。ネオンはもう日常茶飯事のようで、その言葉をきっぱりと告げた。
「渡したいモノ?」
「そう。悪いけど、表出てくれる?」
 その言葉は、一行を暫し硬直させた。
「どっちかにしてほしいわよねー、まったく……」
 ラニアが愚痴をこぼす。ヒステリックな王女だったら即死刑間違い無しの発言である。ここの王女は少し変わっているようで、死刑だの何だのとは縁がなさそうに見える。
 そしてその王女・ネオンは、草原のように広がる庭に一人座っている。
「……ねえ、アオイ」
 ネオンが思い出したかのように口を開いた。その横に立っていた碧は首を横に動かし、「なに?」と訊ねる。
「強くなりたい?」
 それは、碧自身が望んでいること。この世界に来て、二番目に望んだこと。
 ――日本へ帰りたい。帰るまでは、みんなと一緒に戦おう。
「……強くなりたい……」
 風が吹いた。
「みんなの足を引っ張らないくらいの、力が欲しい!!」
 碧を変える、風が。
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