第一章第四話  明かされた真実

前へ トップへ 次へ

「いらしゃいませ〜〜!!」
 一人を除いて、おもわず後ずさる碧たち。それもそのはず、受付が異常なほどの笑顔で彼らを迎え入れたのだから。
「五人部屋、あるか?」
 いたって平然なイチカ。さすがリーダーなだけはある。
「ありますよお〜〜! こちらです!」
 やはりにこにこしながら、部屋へ案内する受付。というより、服装がメイドそのものなので、受付と呼ぶのはギャップがあるのだが。
「どおぞ〜〜! それでは、ごゆっくり〜〜!!」
『メイド』はなにが楽しいのか、姿が見えなくなるまでにこにこしていた。
「なんか今の人……」
「愛想良すぎて、逆に不気味だったわね……」
 ベッドに腰を下ろした碧の言葉に、ラニアが続けて言う。受付はともかく、彼らがいるのは宿屋である。休憩する場所には違いない。
 碧はふと仲間を見回した。宿についた安心感からか、男性陣は鎧を外し、それぞれの方法で休んでいた。カイズは早くもベッドに横になり、ジラーはどこに持っていたのかダンベル運動をしている。イチカもどこから持ってきたのか、ベッドに腰掛け本を読んでいる。この世界の物のようだ。
 枕を腰に当て、膝を組む。少し開いた窓から風が吹き込み、彼の肩で切りそろえられた銀髪がさらさらと揺れる。その切れ長で銀色の瞳が文字を追っていて――
「…………アーオーイ! 見とれてたでしょー? さっきからずーっと上の空」
 耳元でラニアに言われ、はっとする碧。
「ごごご、ごめん……!!」
 慌てふためき耳まで真っ赤に染まった碧の顔を見て、ラニアがくすっと笑う。
「ね、さっき話してたこと……もう一回言ってくれる?」
 今度はちゃんと聞くから、と碧は念を押す。
「ええ、いいわよ。……」

 碧が来る前の仲間の事を、ラニアは語った。しかもその大部分はカイズとジラーがやらかしたことで、とても微笑ましい光景が碧の頭に浮かんだ。今ラニアが話しているのは、四人で湖へ行ったときの話である。
「あの子たち泳いだことないんですって。絶対大丈夫って言い張ってたのにね、二人とも湖に落ちちゃって。日本の……漫才で言うなら、カイズとジラーがボケで、イチカがツッコミ、って感じなのよ」
「漫才かぁ〜! おもしろいね!!」
「でしょー? イチカは全然笑わないんだけどね〜」
「もしかして、笑ったことないの?」
 碧がふと疑問を口にしてみる。
「う〜ん……言われてみれば、笑った所は見たことないわ。カイズとジラーあたりなら、見たことあるんじゃないかしら」
「兄貴は笑ったことないぜ! オレらちゃんとチェックしてたんだけどさ」
 寝ていたであろうカイズの声がする。
「カイズ、寝てたんじゃなかったのか?」
 ジラーが訊ねる。
「今起きた! ん? その兄貴は?」
「三十分くらい前に散歩に行く、って出ていったぞ。やっぱり無表情で」
「ウイナーに来たときもあんな顔だったわよね〜」
 ラニアが何気なく言う。
「え? イチカって、ウイナーの生まれじゃ……」
「あああ兄貴はウイナーの生まれだぜ!」
 碧の言葉を遮って、カイズが慌てたように言う。
「そ、そうそう! オレたち小さい頃から仲良しでさ〜!!」
「そうなんだ〜。でも『兄貴』とか『師匠』とかって呼んでるよね?」
『あ』
 見事に二人の声が重なる。
「……イチカは昔から剣の腕がすごくてね〜! カイズとかジラーはもう歯が立たなかったのよ〜」
 碧はなんとなく、「昔」という言葉が強調されているような気がした。
「あ、それでそういう呼び名になったんだね!」
「そういうことなのよ」
 あまり疑うのも悪いと思い、碧はそれで納得することにしたのだが。

 その夜。夕食を食べ、風呂にも入り、ベッドでくつろぐ一行。出会って一日だと言うのに、碧はすっかりこの世界に馴染んでいた。テレビも携帯電話もパソコンも、電化製品は何一つないが、不思議と退屈ではない。
「早く寝ろ。明日は早いんだからな」
 夕方頃イチカは帰ってきた。カイズやジラー、ラニアが何処へ行ったのか訊ねても、「別に」の一点張りだった。そのリーダーの一声で、メンバーは皆布団に入る。
「ラニア、おやすみ」
「うん、おやすみー」
 挨拶をしたものの、碧はしばらく寝付けなかった。今、この世界は夜。時間のズレがあるのかは分からないが、碧は学校帰りにこの世界に来てしまったのだ。どちらにしろ、家族が心配しているに違いない。
(でも帰り方分かんないし……しばらく一緒にいた方がいいよね)
 そう決めて、やっと眠りにつくことができたのだった。

 碧は目を覚ました。特に理由はない。あえて言うなら、誰かに起こされた気がしたのだ。
 窓の外はまだ暗い。ねぼけまなこで隣にいるであろうラニアを見るが、そこに人はいなかった。
「……あれっ?」
 念のためと男性陣のベッドも見てみるが、やはり誰一人いない。四人でどこかに行ったのだろうと碧は推測した。
「それにしてもどこ行ったんだろう……?」
 部屋のドアを開け、宿の入り口へと向かう。
「どうしました〜?」
 突然の声におもわずずっこける碧。そこには昼間部屋を案内してくれたメイドがいた。語尾にハートマークを付けそうなくらいにこにこしている。
「お連れの方々なら、先ほど外に行かれましたよ〜?」
 碧の言いたいことが分かっているらしく、やはり笑顔で言う受付。
「あ……ありがとうございます」
 心臓がまだバクバク言っているが、とりあえず碧は外に出た。
「あーびっくりした……。どこ行ったのみんな〜……」
 月並みだが、真夜中に明かりも持たずに外を歩くのは危険である。ここは比較的町寄りなので明るいが、それにしても危険なことこの上ない。獣が出ないとは限らないが、碧は勇敢に奥へ奥へと進んでいく。
 宿から出て数分。木々の合間に、オレンジの明かりが見える。僅かに焦げ臭い匂いもした。
「たき火? あ、あそこにいるかも!」
 近づいていくと、話し声が聞こえる。聞き慣れた声だ。
「ラニアの声だ! ラニ――」
「アオイは寝てたから、大丈夫よ」
(え……?)
 自分の名前が出たものだから、おもわず木の後ろに隠れる碧。
「隠す必要は、ないわけじゃないとは思うけど……でもやっぱり……」
(“隠す”……? あたしになにか隠してるの?)
 カイズに心の中で訊ねる。だが本人に届いてない以上、それは無意味な言葉。
「その必要はない」
 いつもの冷酷な声。だが、その冷酷さの中に呆れの感情も混ざっていたことに、その場にいた者たちは気づいていただろうか。イチカは懐から護身用の短剣を取り出すと、碧が身を寄せている木に向かって投げた。
(なにか来る?!)
 碧は咄嗟に身を引く。同時に、イチカの投げた短剣が木に深々と突き刺さる。木から離れていなかったら、その剣は碧を貫いていただろう。
「いるんだろう」
 その声に反応して、碧は出ていく。少々の抵抗はあったが。
「アオイ……!?」
 ラニアたちが驚愕する。イチカ以外は、碧の気配に気づいていなかったようだ。
「……おれが言いたくなかっただけで、隠し事の類じゃない。別にあんたに話しても害のないことだ」
 碧は息を呑む。否、その場の全員が。
「おれは正真正銘の日本人だ。この髪もこの眼も、こっちの世界で創った“おれ”。本当はあんたと同じ黒髪黒眼の人間だ」
「え……っ!?」
「おれは三年前ここに来た。ちょうどあの国に愛想を尽かしてたんで、おれにとっては実にいいタイミングだった」
 淡々と話すイチカ。
「あ、愛想を尽かすって……」
「虐待・暴力」
「――!」
「と言ったら分かるか?」
 碧は声が出なかった。暴力や虐待などとは一切関わりのない、何不自由ない生活を送っていた。ニュースで報道されても、まるで他人事だと思っていた。否、他人事だ。経験のない者には、他人事にしかないらない。幸せな生活を送っていたあの時、あの瞬間に、この人が虐待を受けていたとしたら。
 ――碧は、イチカの過去を理解した。そして、彼の表情の無さの理由も。
「おれは親も、あの国も……地球も嫌になった。だからいかにも日本人のツラしたあんたを殺そうとした。
 ……納得したか?」
 辛い過去を背負った少年。感情が高ぶっているのか、段々と攻撃的になる口調。それでも彼は、最後には自嘲気味に問うた。
「……あたしは、来ない方が良かったの……?」
 それは、決して碧が言いたい言葉ではなかった。もう少し憐れむとか、同情してやるとか、言葉は山のようにあったはずである。碧は困惑したような顔でイチカを見た。
「ああ」
 薪を見ながら、あっさりと答えを返すイチカ。碧は目を見開く。
 ――来たくて来たわけではないのに。あの生活を、不自由だと思っていたことはないのに。
 碧の頬に、涙が伝った。
「イチカ!!」
 ラニアが泣き出した碧の肩を支え、イチカを睨みつける。
「言っただろう。おれは地球も日本も嫌いだ。あの世界を思い出させたそいつもな」
 イチカが一瞬だけ、碧に目を向ける。あの時と同じ、この世界に来て突然向けられた憎悪の眼差し。俯いた碧にとってそれは、どんな攻撃よりも痛かった。
 イチカはそのまま、森の奥へと歩いていく。
「なによあの言い方! アオイ、大丈夫?」
「うん……」
 彼女がこの世界に来たのは事故なのだ。それをイチカは迷惑がった。あまりにも理不尽なことだ。
(でも……それでもあたしは……)
「……大丈夫。さ、宿に戻ろう? 寒くなってきちゃった」
 頬についた涙を拭い、仲間達に笑顔を向けた。心配させてはいけないと、碧は判断したのだ。加えて開き直りも得意だった。
「アオイ、あなた……」
(なんて子なの……)
 ラニアはつくづく驚愕した。イチカの八つ当たりとまで取れる言動。それは、碧の心に深く突き刺さったはず。それなのに、この少女は。
「カイズもジラーも! 行こう行こう!!」
『お、おう……』
 二人の肩を押す碧。カイズやジラーも、碧の向けた笑みに驚いたようだった。

 碧は宿に戻ると、すぐ布団に入った。だが寝付けない。一度起きてしまうと眠れなくなる体質なのだ。いっそ羊でも数えようかと思うが、それで眠れた試しはない。ラニアたちも宿に戻ったが、碧よりは寝付きが良いのか安らかな寝息が聞こえる。
(そのうち眠れるよね。それにしても、どうしてここにきたんだろう。えっと……たしかヘンな路地に吸い込まれて……)
【お前に……私に変わってやり遂げてほしいことがあるのだ……】
 突然声が響く。慌てて飛び起き辺りを見回すものの、人の気配はない。ラニアたちも起きた様子はない。
「ゆ、幽霊……? はは、まさかね。疲れちゃったのかなー」
【似たようなものだ……】
 碧が寝ようとしていたところに再び声が響く。若い女性の声。そしてそれは、頭の中に響いている。
(誰……?)
 声を出すと皆に悪いので、心の中で訊いてみる碧。
【今は言えない……だがお前に伝えておきたいことがある……】
(あたしに?)
【お前は……魔王軍に狙われる……】
(えっ!?)
 驚くなという方が無理だろう。以前出会った青年たちが話題にしていた『魔王軍の仇討ち』。その矛先が、碧に向けられるというのだから。
【理由は言えないが、たしかなことだ……そしてもうひとつ……新たに三人仲間に加わるだろう……】
(三人の……仲間?)
 女性の言うことが本当ならば、やや賑やかしくなるということである。しかしやはり半信半疑だった。誰かも分からないのに信じられるはずがない。そう碧が考え込んでいると、女性が小さく声を漏らした。
【…………今日はここまでだ……また機会があれば呼ぶ……さらばだ……アオイ……】
「?! なんであたしの名前……を……」
 声がそこまで告げると、碧はすぐに眠気に襲われた――。
前へ トップへ 次へ