第二章八話 貧巷レイリーンライセル
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「駄目だ! ここから先は、誰であろうと通さん!!」
ウイナーがある大陸の、橋を越えて南方。のどかであると共に殺風景な町・レイリーンライセル。今、この町の人々は飢餓状態が続いているらしい。その入り口で、イチカたち一行は足止めを食らっていた。
特に用はないのだが、ほぼ完治してはいるものの精神的に疲れているであろう白兎を休ませる必要がある。そこで一番近い町が、このレイリーンライセルだということで訪れたのだ。
道端にはやはり、ローマ字表記で『レイリーンライセル』と書かれた看板。その側に一人の男が立っており、入ろうとした所言われた言葉がそれだった。
「理由を言え。おれたちは怪我人を休ませたいだけだ」
イチカの言葉に、男は鼻で笑い、声高らかに言った。
「理由など言うまでもない! 貴様らに入られては我々の聖域が荒らされる! それだけだ!!」
「……ほぉ?」
それを聞いたイチカの眉が僅かに動く。
「“聖域”か。誰の聖域だ?」
男は目を見張り、次の瞬間には嘲笑。今度は歌うように次から次へと言葉を紡いだ。
「知らぬのか貴様?! この世で聖域を造ることができるのはヤレン様お一人! あの方こそ我らが神! あの方はウイナーを救ったのではない! レイリーンライセルをお救いになったのだ!!」
拳を握りしめ、力説する男にイチカは小さくため息をつく。イチカは碧を見て言った。
「……おい」
「え?」
「聖域か? ここは」
突拍子もないことを聞いてくる。そんなことただの中学生に分かんないよ、と言おうとしたが、ふとサトナに修行中言われた事を思い出した。
『おそらくアオイさんの能力は半分ほど開花しました。人の言葉の裏に潜む真実が、分かるようになっているでしょう』
(要するに、心が読める、ってことだよね。でも、どうやって……?)
とりあえず碧は、男を悟られないようにじっと見てみた。やはり何も分からない。
(うーん、どうすればいいんだろ)
そう碧が思ったときだった。
『……う……か……』
「……え?」
頭に誰かの声が響いたような気がして、辺りを見回す。だが誰も、碧に声を掛けていないようだ。碧はもう一度意識を集中して、心を研ぎ澄ました。今度ははっきりと、単語の羅列がパズルのように組合わさり、言葉が聞こえてくる。
『正体が分からないうちは、ここを通すわけにはいかない。だがこの者たちは、明らかに困っているようだ……』
それは、今目の前にいるしかめっ面をした男の声だった。
『副隊長を呼んできた方が良いだろうか。彼らを見たことがない私には、全く分からない』
脳に響く声からすると、この男は誰か――おそらく複数人――を町に入れるよう命じられているらしい。先ほどの罵声とは比べものにならないほど冷静な、落ち着いた口調だった。
「……あの……」
男は黙って碧を見る。
「えーっと……上手く言えないんですけど、多分その副隊長さんを呼んできた方がいいと思います。私たちがあなたの探している人か分からないなら、尚更」
男は明らかに驚いた表情をしていた。やはり碧の脳内に響いた声は、彼のものだったらしい。碧は内心ガッツポーズを取りたい衝動にかられたが、そこは抑えた。
「……ちょっと……待っていろ」
ゆっくりと後退し、町の中へ走っていく男。呆然と碧の言葉を聞いていた一行は、はたと我に返り、一斉に碧を見た。
「アオイー! すごいじゃない! なに今の?!」
「すっげー! あいつ慌ててたぜ!?」
「今の、もしかして新しい能力?」
仲間に質問攻めされ、なんと言ったらいいのか分からない。とにかく分かることは、「人の心が読める」ということだけである。碧がどう答えて良いか考えていると。
「なるほど。それはおそらく彼らだろう」
そこへ、どこかで聞き覚えのある声が響き、ミリタムと白兎以外の一行は反射的に声の方を向く。そこにいたのは――
「ミシェルさん?!」
「ああ、やはり君たちか。待っていたよ」
声――ミシェルは碧たちとは対照的に、驚いた様子もなく言った。
「どうしてミシェルさんがここに? たしか、ネオンとその妹さんの身辺警護……だったはずじゃ?」
ミシェル・カウドは、レクターン王国騎士隊長オルセト・グランディアと共に二王女の警護に徹している。それが何故ここにいるのか、そして身辺警護で合っているのか分からない、という表情をした碧が訊ねる。すると、ミシェルは意味ありげな表情をした。
「七人の人間が、魔族を一匹倒した」
「!?」
碧は勿論、他の皆も目を見張った。ミシェルは苦笑し、一行一人一人の顔を見ながら言った。
「……という情報が、レクターン王国に流れてね。魔族を倒すほどの実力がある君たちなら、我々が抱えている悩みも解決してくれるだろうということで、我々が派遣されたわけだ。ちなみにオルセトは、第二王女の命によりここに来ることを禁じられた」
「悩み?」
苦笑というよりは面白そうな顔をして笑うミシェルに、ミリタムが訊ねる。
「そう、悩み。一年ほど前から我がレクターン王国と、隣国であるサモナージ帝国がこの町に援助金を送るようになった。そこまではいいんだが、ちょっと困ったことが起きたんだ」
「困ったこと……ですか?」
「その送った援助金が、何故か翌日になると全て無くなってしまうんだよ。町人全てに行き当たるほどの額だというのに」
一行が息を呑む。それだけ高額な援助金を、誰かが独り占めしているというのか。
「見当は……ついているんですか?」
いや、とミシェルは首を振った。
「この町の人間でないことは確かなんだ。なにせ相手は一人で、騎士隊相手に殴り込んできたというのだからね。昔はどうか知らないが、今この町にそれだけ体力がある人間がいるとは思えない」
なるほど、と全員が頷く。ミシェルが言葉を続ける。
「我々が派遣された理由に、それも含まれている。『援助金を盗んでいく輩を捕らえろ』とね」
「それで、おれ達の行動を読んでわざわざ先回りした、というわけか」
ご苦労なことだな、と皮肉を含んだ口調でイチカが言った。苦笑する一行とは正反対に、ミシェルは気を悪くした様子もない。
「まあ、君の言うことはまんざら嘘というわけでもない。むしろ事実と言っても良い。なにせ我々は、国の治安を良くすることで精一杯だ。他に頼れる人間もいない」
ミシェルのあまりにも現実めいた言葉に、一行の誰もが言葉を失った。どの国もレクターン王国と同じく、こんな小さな町などよりも自国の治安を取るだろう。国から目を離せない以上、『治安維持』という鎖に縛られていない人間に任せるしかないのだ。ミシェルは今までの軽い口調ではなく、深く詫びるように言葉を発した。
「これは押しつけだと、我らが王も自覚しておられるようだった。だが……国を護り、国の中にある町を護ることこそ、我らの役目であると思っている。これだけは、分かってほしい」
ミシェルはとうとう、深く頭を下げた。これには一行も動揺し、一斉にイチカに目を向けた。イチカは僅かに眉をひそめ、小さく舌打ちした。
「……先を急いでいる。手短に願う」
イチカは早口にそう言うと、そっぽを向いた。さすがにばつが悪いと思ったのだろう。
「……そうか〜、それは良かった。それじゃあついてきてくれ。オレの住んでいる家に案内しよう」
一気に態度が変わったミシェルを見て、イチカは一瞬でも同情したことを後悔するのだった。
イチカの承諾を得たことで、先ほどよりも上機嫌になったように見えるミシェル。碧たちに観光名所を案内するかのように、歩く度に建物を指さしては特徴を紹介する。話を聞く一行は曖昧な返事をするだけで、特に感動した様子はないようだった。
――それもそのはず、彼が指さした建物は全て半壊しており、町人は道端で生活をしていたのだ。その誰もが見る影もないほど痩せ細り、生死すら判別しかねない様子だった。
町はずれの、小さな民家。そこがミシェルの現在の住まいらしく、少し離れて待つイチカらに手招きをした。
「ようこそ。ちょっと慣れにくいかもしれないが、我慢してくれ」
苦笑しながら意味深な事を言うミシェル。怪訝そうな顔をしながら一行は順々に中に入り――七つの顔が、全て硬直した。
扉の向こうには、いかにも毒々しいインテリアが一行を歓迎していた。血の海に足を浸し、片手に生首を持った少年の絵。焦げ茶色の棚には見たこともない生物のホルマリン漬け。更には、洒落にならないほどグロテスクな室内の中央に横たわるモノ。
「なっ、なによこれ……?!」
ラニアが顔を引きつらせ、『それ』を指さした。何事かとのぞき込んだ碧らも、『それ』を見た瞬間、見事に顔面が蒼白になる。
「これ……ミイラ……?」
カイズがおそるおそる訊ねる。ああ、とミシェルは微笑んだ。よくこの状況で微笑んでいられるものである。
「あの、もしかして毎日ここに座ってご飯とか食べてるんですか?」
「慣れたらどうってことないよ」
まさかそれはないだろう、と思って訊ねた碧だったが、予想外の返答に言葉を詰まらせる。
(ミシェルさんって、こんな趣味なのかな……?)
そう思ってはみる碧だったが、実際に訊ねるととんでもない答えが返ってきそうだったので止めにする。
「こちらに座りなさい。まだマシだ」
そう言ってミシェルが指さしたのは、この場に不似合いな異常に濃いピンク色のソファ。顔を見合わせ、しかし厚意を無駄にするのもなんなので、仕方なく腰掛ける一行。ミシェルはその向かいにある派手なソファに座った。
「……さて、見苦しい光景を見せてすまなかったね」
(本当に)
心の中で頷く一行。
「あの、ミシェルさん。援助金を持っていく人を見た、っていう目撃証言はないんですか?」
「そう来ると思って、聞き込みしておいたよ。一応目撃者はいたらしい」
碧が訊ねると、ミシェルは胸元のポケットから小さな紙切れを出して言った。
「だが残念なことに、目撃者の中に『顔を見た』という人はいなかったんだ。もしそんな人がいれば、犯人は今頃とっくに檻の中だろうがね。身体的な特徴は様々だ」
一行は黙って耳を傾ける。
「一、『体格が良いところからして、おそらく男』二、『髪は長く、束ねてあった』三、これは声を聞いた人間が言っていたんだが……『よくいる不良のような口調だった』大まかに分けたところ、この三つに絞られた」
「不良、ですか……?」
「そう。両手にかぎ爪をした男たちが、最近この辺りに出るようになったのだが」
その言葉を聞いて、碧とラニア、カイズ、ジラーが僅かに目を見張った。虚ろな眼をした、身体中から溢れんばかりの殺気を放つ集団。碧はあの狂気に満ちた男たちを忘れていなかった。
「正直オレは彼らだと思っていた。彼らは極限まで飢えた、この町の人間の最終形態なんだ。どこであのかぎ爪を見つけたのか知らないが、町の外に出ては人間を殺して喰おうとする」
碧は無意識のうちに、両手を握りしめていた。ミシェルはそれに気づいた様子もなく、淡々と語る。
「彼らには最早、食欲以外の感情はない。援助金を盗んで食物を買ったのかと思ったが、それにしては彼らによって殺害される件数が減らない」
ふぅ、とため息をついて、ミシェルは両手を組んでテーブルの上に置いた。
「なんにしろ、犯人捜しをしなければ始まらない。実は今日、援助金を送ることになっている。犯人が狙ってくる可能性は高い! そこで、だ」
ミシェルは、今度はズボンのポケットから紙切れを取り出した。広げられた紙は、この町の略地図らしい。地図の至る所に、番号が書かれている。
「手分けして、援助金が送られる民家の周りを張ろうと思う。……」
かくして、レイリーンライセルの真ん中にある民家を張る計画が実行された。民家というから小規模なものだろうと碧は考えたが、それは大きな間違いだった。
周りの半壊した民家に比べて、その『民家』の存在は大きく感じられた。否、本当に大きいのだ。周りをコの字型の塀で囲んだ民家は『民家』と言うよりは豪邸に近く、門から実際にその建物に入るまで大股でも百歩以上必要だった。
「この建物に金懸けるくらいなら、最初っからこんなもん作らなきゃいいんじゃねーか」
白兎の一言に、全員が頷いた。前を歩くミシェルは苦笑いしている。
民家の外――門の外とも言う――は、既にレクターン王国騎士が固めていた。民家の周りを張るのは、助っ人となったイチカ達一行である。内部の守りを固くする作戦のようだ。民家の入り口から向かって左(地図上では1)は、碧・ラニア・白兎。向かって右(地図上では2)はカイズ・ジラー。そして民家の裏手(地図上では3)はイチカ・ミリタムとなった。ミシェル曰く、「裏手というのは犯人が最も狙いやすい場所だろうな。君たちのペアが、最も適していると思う」らしい。
「犯人らしき人を見つけたら、どうすればいいんだろう?」
「とりあえず再起不能にしておけばいいのよ」
「何気に
怖ェコト言うなぁ、オイ……」
碧たち女性陣は、愉快な会話をしながら民家の左側へと向かう。民家の壁は他とは比べものになりそうにないほど白く、触ると跡が付きそうだった。碧は壁に触れないよう注意しながら、しかし壁づたいに歩いた。
「もし犯人がいたら、気づかないようにこう、こっそりと行って……がしっ! と羽交い締めにしよーぜっ!」
「ぐ、ぐるじ……!! じっ、ジラー、羽交い締めはいいけどオレにすんなー!!」
こちらは民家の右側。なにやら熱心に作戦会議をしているように見えるが、熱くなっているジラーがカイズの首を絞めているらしい。カイズの顔色が青くなっている。ジラーはそれに気づいておらず、ただただ熱心に犯人の捕獲方法を披露していた。
「イチカ、なんか機嫌悪いね?」
「……どの辺が?」
「……うーん、やっぱりなんでもない(その辺だよ……)」
こちらは裏手に回った二人。表情はいつもと何ら変わりはないが、イチカから発せられるオーラが微妙に怒気を含んでいる事をミリタムは悟っていた。
「もしかして、アオイじゃないから?」
「何の話だ」
イチカの眉間のシワが深まったのを見て、ミリタムは質問をしたことを後悔した。彼もやはり碧の好意がイチカに向けられているのを知っていたのだが、向けられているこの男はどうやらそういった感情を持っていないらしい。怒りもせず、ましてや恥ずかしがりもせず、今イチカの顔に書いてあるのは「意味が判らない」という文字だけ。眉間のシワを寄せたのは、単に「アオイ」という単語が嫌いだからであろう。
心臓に悪い、と言わんばかりに胸を押さえているミリタムに、イチカは静かに訊ねた。
「そんなことより、なにか魔法はないのか」
「え? ああ、あるよ。あるけど、こんなことで消費させたくないなあ」
「……それもそうだな」
言って、イチカは前に立ちはだかる塀を見上げた。おそらく十メートルは優に超えているであろうこの塀以外、犯人が使いそうなルートはない。門の外には数えるのも
躊躇われるほどのレクターン王国騎士がいる。よほどの馬鹿ではない限り、今日という今日に援助金を盗もうなどとは考えないだろう。だが――
(それは、普通の人間の話だ)
ここは、皆が剣を持っていてもおかしくない世界である。住人はある程度かそれ以上に、腕力、脚力などを鍛えている。十メートルくらいの高さならば、越えられても不思議ではないのだ。
(まさか人間に、剣を向けるわけにもいかない)
イチカは柄を握りしめ、再び天を仰いだ。
「あっ、こら貴様!!」
と、突然響いた罵声に、何事かと門の方を振り返る一行。見れば門と民家を繋ぐ道の中央辺りで、騎士たちが群がっている。『犯人』が現れたのだろうか。
「捕まえてみな、レクターンのヘボ騎士さんよ!」
「おのれ、言わせておけば!!」
一人の王国騎士が、『犯人』――おそらく年若い青年――の挑発に乗り、青年に掴みかかる。だがその手はあっさりと振り払われ、青年は群れの中から跳躍した。騎士たちが呆気にとられている中、青年は群れの外へと出て、一度騎士たちを振り返る。
「よォ、いつまで経っても成長しねえな?」
その言葉に対する怒気のこもった声を背中で受け、青年は目的へと走り出した。
「なんなんだ、あのガキは!?」
「我々を侮辱しやがって!!」
皆が口々に青年の悪口を言う中、ミシェルだけは何かを考え込んでいた。
「……あの声、どこかで……」
「あ、何か来たよ!?」
「来た?! よお〜し、いい的になってもらうわよ〜!!」
碧の声に、銃を構えるラニア。その顔は実に嬉しそうである。
「人間って怖ェ……」
そんな彼女らの側で、耳を押さえて
踞る白兎。レイト宅での事以来、すっかり銃がトラウマになってしまったようだ。
走ってくる『何か』に照準を合わせ、ラニアはトリガーを引いた。
「どわっ?!」
間の抜けた声が響く。どうやら声の主は、うまく弾を避けたらしい。なおも民家に向かって走ってくる。
「なかなかやるわね……」
「もーやめろッ! あとは男共に任せりゃいいじゃねーかァ!!」
再び銃を撃とうとしたラニアに、白兎がしがみつく。顔がかなり強ばっているあたり、次に撃ったらどこかへ逃げ出すかもしれない。
「しょーがないわね〜」
渋々銃をしまうラニア。銃声を聞いてきたのか、男性陣が一斉に集まってきた。
「何があった」
「犯人らしき人に一発撃っただけよ」
イチカの質問に、つまらなさそうにラニアが答えた。ちょうど駆けつけてきたカイズとジラーが、露骨に心配そうな顔をする。
「撃った!? やべぇ、そいつもう死んでるぜ!! なんてったって
姉さんだからな!」
「姉さんの顔見たら、鬼でも逃げていきそうだもんな〜……」
「……あんたたち、あたしをなんだと……?」
「で、奴はどこに?」
まもなく聞こえてきた悲鳴を後ろで聞きながら、イチカが碧らに訊ねる。
「えーっとね、もう建物の中入っちゃった……かも」
「行くぞ、ミリタム!」
「はいはい」
碧の言葉を聞くやいなや、民家へと駆け出すイチカとミリタム。何だかんだ言いながら結構熱心に行動しているイチカらの後ろ姿を眺めながら、白兎は言った。
「……行っちまったぞ」
「あーっ! ラニアダメーっ!! カイズとジラーが死んじゃうよー!!」
ラニアがとんでもなく恐ろしい顔で、二人の胸ぐらを掴んでいる。碧は慌てて止めに入る。
「……聞いてねェな」
白兎の呟いた声が、虚しく響いた。
「あ〜ビビった。あいつらいつの間に銃士なんか雇ったんだ?」
辿り着いた民家に、人の気配はゼロ。青年は民家の中で息をつきながら、うしろを振り返った。そこには暗闇が広がるばかり。
「――ん?」
だがその暗闇の中に、何か光るものが
蠢いていた。それは段々と彼がいる民家に近づいてきている。目を凝らして見ると、それは、銀色の髪をした少年の姿だった。
「げ、追っ手か!?」
青年は慌てて民家の奥へと逃げ込む。と同時に、目当てである援助金を探し求めた。それは大抵、民家の奥の奥にある金庫に隠されている。慣れた手つきで青年は金庫のダイヤルを回し、扉を開けた。
「……ない?! んなアホなことが――」
「探し物はこれですか?」
突如響いた声に、驚いて振り返る青年。そこには透けるような水色の髪をした、レクターン王国騎士がいた。その手には、援助金の入った袋が握られている。
「先回りさせていただいた。ここの隠し通路を知ってるのは、オレしかいないのでね」
そこへ、ちょうどイチカたちも辿り着く。
「……そいつが犯人か?」
「あー、まあ……そうなるね」
何故か口を濁すミシェルに、怪訝そうな顔をするイチカ。ミシェルは苦笑しながら、座り込んでいる青年を見た。
「それで、貴方様がこのような愚行を働いたのは如何なる事情があってのことですか?
――サモナージ帝国第一王子、レミオル・グラス・レイ・サモナージ殿下」
「!?」
突然明かされた青年の身分に、イチカもミリタムも声を失った。青年も驚いていたが、数秒の後表情を和らげた。
「……ああ、思い出した。あんた、オルセト・グランディアと一緒に来てたミシェル・カウドか」
「覚えていただいて光栄です」
「いいって。あんたも分かんない人だな。オレに敬語とか『殿下』とか付けなくていーんだよ」
深く会釈するミシェルに、心底迷惑そうな顔をしながら言うレミオル。レクターン王国の王女もサモナージ帝国の王子も、何故こう言葉遣いにうるさいのだろうかとイチカは思った。
「御国の決まりですので」
「あ〜〜もうかったりーなあ! 『御国の決まり』なんて破っちまえよ」
「それはそうと。何故一国の王子ともあろう貴方が、援助金などを盗むんです?」
ミシェルが本題を訊ねると、レミオルはぐっと口を噤んだ。頭のてっぺんを掻いて、唸ることしばし。
「…………暇つぶし」
ミシェルの表情がたちまち怒りに変わり、レミオルは顔を引きつらせる。
「貴方と言う人はーーー!!」
「タンマ、タンマ! ホントに暇だったんだよ、近頃は!!」
「だからって、貴方のせいでこの町の住人がどれだけ苦しんだと思っているんですか!?」
「悪かったって! そのかわり、盗みはしたけどどれも使ってねえんだ! だからすぐに返せる!!」
その言葉で、ミシェルの気による攻撃は一旦止まる。
「……本当でしょうね」
「ほんとーだっ! 見てろよ!」
レミオルはそう言うと、指笛を鳴らした。すると、どこからともなく黒衣に身を包んだ者たちが姿を現す。
「……援助金」
「は」
一人がレミオルの言葉に答え、懐から山のような援助金の袋を取り出した。
「ほらよ!」
レミオルが援助金の束を床に置くと同時に、黒衣の者たちが一斉に何かを唱えた。その瞬間、黒衣の者たち共々、その場からレミオルが消えた。
「【
瞬間転送】かあ。さっすがサモナージ帝国の魔法士団」
ミリタムがやや興奮気味に言う。魔法を象徴にしているだけあって、どのような事も出来てしまうらしい。
「……ともかくこれで、援助金騒動は終わったな」
「そういうことだ。さて、戻ろうか」
ミシェルは両手からはみ出しそうなほどの援助金の袋を抱えると、イチカたちと共に民家の外へと向かった。貧しい人々に、援助金を渡すために。
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