第二章七話  ほんの少しのすれ違い

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 ――暗い、どこまでも暗い砦。
 人々はそれを、【魔族の城】と呼ぶ。だが、現在地上に降りてきている魔族はほんの僅か。そして、魔族の目的は『アスラント支配』では断じてない。魔族にとって用があるのは、異世界人の二人だけなのだ。
「……何を考えている?」
 仲間の問いかけに、ふと我に返る男。狂剣士ソーディアス・シレイン。魔星の者は、皆彼をそう呼ぶ。
 ソーディアスは窓のない四角く切り取られた空間から外を見ていた。この城がいつからあったのか、彼はもちろん地上に住む者たちも知らない。少なくとも四百年前『アスラント支配』を目的に訪れた頃にはあったそうだ。伝聞なのは、その時の戦に参戦していないからだ。ソーディアスはその頃『アスラント支配』に赴くにはまだ若かった。
 (四百年……か)
 まだあれは生きていた。人間の女に(うつつ)を抜かされ、同胞に殺された男。
「……セイウ・アランツ」
 その男の名を呟く。
 僅かに動揺した仲間のヴァーストを後目に、ソーディアスは感慨にふけっていた。
「奴と、一度手合わせ願いたかったものだ」
「……『裏切り者』の肩を持つか? ソーディアス」
 憎悪の眼差しを向けるヴァースト。ソーディアスは静かに首を振る。
「だが、けして無駄に存在する男ではなかっただろう? むしろ、我ら魔族には必要だったはずだ」
「…………」
 ヴァーストはぐっと口を噤む。ソーディアスの言うことはまんざら嘘ではない。現に男――セイウ・アランツは魔族切っての優秀な魔剣士だった。今ヴァーストの隣にいる男・ソーディアスをも抜くほどの。
「あぁ……そうだったなヴァースト」
 何かを思い出したらしいソーディアスが、口を開く。
「奴の生まれ変わりが、我らの標的の一人なのだろう?」
「そうだが……」
 ヴァーストははっとした。ソーディアスは、標的――イチカと戦いたがっている。『セイウ』の面影を持ったイチカと。
「……なるほど。ソーディアス、貴様がそうしたいのなら、我らは残り物の始末を付けてやろう」
「ありがたい」
 ソーディアスは満足そうに、しかし冷酷に微笑むと、そこから姿を消した。
「さて、誰が行く? おれはもう少しあとでいい」
 静かにそう言うと、ヴァーストは暗闇に向かって歩き去った。
「あーら、アタシだって一番手はイヤよ。男としか戦いたくないわ」
 クラスタシアも、男とは思えない口調で手を振り、奥へと消えた。残ったのはただ一匹。
「……へいへい。そいじゃ、行ってきますよ」
 上の者に逆らえないエグロイが、仕方なさそうに一行の元へ向かうのだった。

「てめェーーっ!!」
 新たにミリタムを仲間に加え、一層にぎやかしく――悪く言えば五月蠅(うるさ)くなった一行。
 声の主は兎族の若き族長・白兎。なにやら怒りを抑えきれないようだ。長い耳は空に向かってピンと立っており、吊り上がった目は加わったばかりのミリタムに向けられている。
「なんで怒るの?」
 ミリタムが不思議そうに訊ねる。だがそれは、白兎を更に憤慨させる材料にしかならなかった。
「なんで怒るか、だと?! てめェ今言ったじゃねーか! “人参が大嫌いだ”って!!」
「言ったけど、それが?」
 なおも平然としているミリタム。白兎のイライラは極限にまで達しようとしていた。
 一方、白兎の眼に映っていないあとの五人は事の成り行きをただ見守っているだけ。仲間になったばかりのミリタムが、兎族のしきたりなど知るはずもない。皆、いちいち説明するのも面倒なのだ。
「人参はなァ、あたいら兎族の至極品なんだよ!! それこそ人参がなきゃ生きていけねェくらい、究極の食いもんなんだぜ!!」
「へえー」
 白兎の力のこもった説明に対し、冷めた口調で返すミリタム。またひとつ、白兎の額にシワが増えた。
「……てめェ、ほんとーに分かったのか?」
「分かったよ。兎族にとっては至極品なんでしょう? だけど僕たち人間にとっては、人参なんてただの農作物。生きていくのがどうの、って問題にするほどの品じゃないんだよ」
 もっともだ、と全員が小さく頷く。それが白兎の視界にしっかり入っており、とうとうイライラは限界に達したのだった。
「……だ」
 白兎の呟きが聞こえた者はなく、皆が頭に疑問符を浮かべた。白兎は大きく息を吸い、そこら中に響き渡るような大声で言った。
「ぜ・っ・こ・うだ! なーにが魔族討伐だ!! あたいは抜けさせてもらうからな!!」
 そう言うと、白兎はすぐさま四足歩行で走り出し、猛スピードでどこかへ行ってしまった。
「あ、白兎!」
「ほっとけよ。あいつもともと人間嫌いなんだし」
 引き留めようとした碧を、カイズが止める。後の四人も、さして気にしてはないようだ。
「……うん……」
 ―― 一方。
「けけけ。いい具合に仲間割れしたなぁ」
 その様子を影から見ていた魔族、エグロイ・アス。その鋭く充血した眼差しは、たった今離脱した白兎に向けられている。
「手間が省けた、ってもんよ。さて、始末しに行くとするか」
 エグロイは顎をさすると、大きく飛び上がり白兎の後を追った。木々は、最初からそこに何もいなかったかのように、一切の音も立てなかった。
 故に、そのときはイチカの人以上に速い察知能力も、白兎の聴力も無意味だったのだ。

「ったく、あいつら人参の良さを欠片(かけら)も分かってねェ」
 見つけた切り株にあぐらを掻いて座り、ぶつぶつと愚痴を吐く白兎。
「人参は美容と健康にいいんだっての。……そりゃ、あたいには関係ねーけど」
 白兎は子供のように足を揺らしながら、空を見上げる。その頃白兎に追いついたエグロイは、手近な木の上から機を(うかが)っていた。小鳥のさえずりすら聞こえなくなったとき、白兎の足の揺れも止まった。
「おい、いるんだろ。出て来いよ魔族」
 白兎は無愛想な表情を崩さぬまま、目線だけをエグロイのいる方向に向けて言った。エグロイはまさか気づかれているとは思っていなかったらしく、僅かに眼を見開く。木から降り立ち、心底意外そうに訊ねた。
「いつから気づいていた?」
 白兎はフン、と鼻を鳴らす。
「人間くせェんだよてめえは。あたいを()るんだったら、口の中よく洗ってから来やがれってンだ」
 いつもの調子で、白兎は核心をつくような毒を吐く。エグロイの太い眉が僅かに動いたのを見て、白兎はほくそ笑んだ。
「当たりだな。てめェ人間を喰うんだろ? 下手物趣味だねえ」
 エグロイは、喉の奥の方で笑いをこらえながら言った。
「人間の絶叫・恐怖ほど美味なものはない。まあ、兎族の小娘に言っても分からんだろうが」
「ああ分からないね。人間なんざ人参の足元にも及ばないぜ」
 エグロイのこめかみが、ぴくりと動いた。足を大きく横に開き、一歩踏み出す。白兎がそれに気づき、警戒態勢を取る。
「……兎族か。そういえば喰ったことなかったな。美味であることを願おう!!」
 エグロイは指を馴らし、刹那、その巨体からは想像もつかないほどの速度で白兎へと向かう。白兎も足を開き、神経をエグロイに集中させた。
 エグロイが鋭利な爪を振り下ろした瞬間、白兎は糸も容易くそれを後ろに跳んでかわした。大鬼から距離を取り、同時に両手にエネルギーを溜め、縦に引き伸ばす。
「鬼ごっこにもなりゃしねェな! 【兎使法・白ノ発】!!」
 白い、白兎の闘気とも言えるエネルギーの塊をエグロイに投げつける。エグロイは一瞬目を見張り――だが、その眼は細められた。
「ほぉ……小娘、面白い技を出すな?」
「?!」
 今度は白兎が目を見張った。それもそのはず、エグロイは己の右腕を差し出したのだ。兎使法が当たった瞬間、エグロイは狂喜した。右腕の感覚が次第になくなり、それと同時に右半身すらも【白ノ発】によって焼かれているというのに、それでも大鬼は狂ったように笑い奇妙に舞った。焼け爛れた肉の臭いが充満し、白兎は鼻を押さえる。
「なるほどいてぇなぁ! だが……防げない程ではない!!」
 右肩から先の腕はなく、半身も焼かれ、白い骨が見え隠れする。不格好な姿で、そのまま白兎の方に向かってくる。白兎はエグロイの異常さに驚きながらも、体勢を立て直した。
「ちッ……!」
(まさか兎使法を真正面から受けるとはな……!)
 早くも手が尽きたわけではないが、【白ノ発】だけで人間や魔物に立ち向かっていた白兎としては、手が尽きたに等しかった。
(ましてやこの鬼と真っ向勝負なんざごめんだぜ!)
 エグロイは無事である左半身を使って攻撃をしてきた。左腕で殴りかかり、次いで左足で蹴り上げる。どちらも器用に避けたと思った白兎だったが、走っている最中に左腕が痛んだ。拳圧が加わり避け損なった左腕が損傷していたのだ。一瞬腕に目がいったが、エグロイが目前に迫っていた。左足だけで移動しているようなものだが、それにしても速い。白兎は心の片隅に、『恐怖心』を覚えたような気がした。
 一瞬浮かんだその文字を頭から振り払い、攻撃態勢に切り替える。俊敏な動きでエグロイを翻弄し、一気に背後に回る。エグロイが振り返った瞬間、その巨大な顔の側面を右腕で殴った。よろける鬼にもう一撃加え、白兎はひとまず回避した。
 ――二匹が対峙する。
 エグロイは口の端を手で拭い、再び眼を細めた。
「けけけ、さすが兎族。小娘とはいえ今のパンチは強力だったぜぇ……」
 傷を負ってはいるものの、鬼の動きになんら支障がないことに気づいた白兎は聞こえないくらい小さく舌打ちした。

「魔族が?!」
「うん、間違いないよ。念のためと思って探知魔法を掛けといたんだけど、明らかに人間じゃない生き物がこれに引っかかったみたいだね。それにそいつ……白兎を追うように遠ざかっていった」
 ミリタムは冷静に話を進める。
「それじゃあ……白兎が危ない!?」
「おそらくね。どうする、リーダー?」
 ラニアの言葉に答え、次いでイチカに訊ねる。イチカは顎に手を当て、暫し考え込む。
「……行く。奴ら、用のない奴から始末していく気だ」
「!!」
 イチカの何気ない言葉に、碧はひどく罪悪感を覚えた。
 ――狙うべきは、白兎ではないのに。
「場所は分かるか?」
 ミリタムは頷き、指を彼方に向けた。
「まだ魔法は解いてない。位置は……ここから北北東! こっち!」
「急ぐぞ!」
『おう!』
 言うと同時に勢いよく走り出したミリタムのあとを追う一行。
「時間はどのくらいかかる?」
「今のスピードで行けば約五分! もしかしたら戦闘になってるかもしれない!」
「白兎……大丈夫かな?」
 走りながら、碧がラニアに訊ねる。ラニアは俯き、声のトーンを低くして言った。
「正直、分からないわ。相手の強さにもよるし……」
 ますます落ち込んでいく碧を見て、ラニアはにっこりと笑って見せた。
「でも、きっと大丈夫よ! 白兎もかなり強かったじゃない!」
「そう、だね……」
 ラニアの笑顔に答えながら、やはり内心心配でたまらなかった。間に合ってほしい。関わりのない人が死ぬのだけは絶対に嫌だから。
 碧は切実に、そう願うのだった。

 エグロイの攻撃は止むことを知らなかった。
 最初のうちはなんとか避けることが出来た白兎だが、力の差が歴然としていた。いくら戦いを好む獣人族とはいえ、体格的にかなりの差がある。言ってしまえば、白兎の勝利は最初から稀薄だったのだ。白兎は無力さを嘆くべく拳を地面に打ち付けたが、弱り切った身体では地面は(へこ)みすらしなかった。
(畜生……っ!!)
 殺すならひと思いに殺せ、と叫びたくなるほど、エグロイは白兎に致命傷を負わせなかった。じわじわと(なぶ)りながら殺す。痛みは感じても、死ぬには意識がはっきりとし過ぎている。この状況がエグロイの好む『恐怖』であり、『絶望』なのだ。
 すっかり無抵抗になってしまった白兎を見て、エグロイは露骨につまらなさそうな顔をした。
「気の強い獣人だからどれほどのものかと思ったが……所詮はこの程度、人間と同じか」
 横たわる白兎の前髪を掴み、その凶悪な顔を近づける。
 “人間と同じ”
 ざけんじゃねえ、と殴りかかる力もなく、白兎はただ弱音を吐いた。
「へッ……喰えよ。言っとくがあたいは……美味くないぜ……」
「相変わらず強気な獣人よ。さっきも言ったが、本当に美味いのは恐怖と絶叫だ。生肉など飾りにすぎん。言いたいことがあったら言わせてやろう」
「ねェよ……んなもん……」
 白兎は弱り切っていた。一族の族長が情けないと、そう思っても身体が言うことを聞かない。白兎は一瞬だけ、イチカたちから離れた事を後悔した。
「哀れな獣人だ。それがお前の最期の言葉になるのだからな!!」
 エグロイは大口を開け――
「【滅獣(ギガ・ビースト)】!!」
「なにっ……!? ぎゃあああああああっ!!!」
 目映い光が大鬼を包む。白兎は朦朧(もうろう)とした意識の中で、それを唱えた人物を見た。緑髪碧眼の少年が、無表情のままそこに立っていた。
「ちッ……ませガキが……」
 ミリタム・ステイジョニス。彼は間髪入れず、次の魔法の詠唱をし始めていた。光の中で、なおも(うごめ)く影を見たからだ。ミリタムは両手を天にかざし、その言葉を紡ぐ。
()は輝々たる刃・駆けたる閃光・今金色なりて・闇を討たん! 【光刃(シャイン・クロウ)】!!」
 唱えたミリタムの手のひらから、その名のごとく無数の光の刃が生まれ出る。
「【光刃】ですって?!」
「なにその……しゃ、しゃ、」
「シャイン・クロウよ。魔法士が使える技で、最強って言われてるの。どうやら本物みたいね……」
「え? ラニア、信じてなかったの?」
「そう簡単に信用できないわ。独学で魔法を編み出してる人なんて星の数ほどいるもの」
「あ、そうなんだ」
 二人が会話している間に、光を纏った魔法の刃は数を増し、エグロイに向かっていく。すっかり油断していたエグロイはそれでも、まだ倒れることはなかった。向かってくる光の刃を脆弱(ぜいじゃく)と思ったか、残った左腕で握りつぶそうと手を伸ばす。
「ちいっ! こんなもの……!!」
 だがその腕すら光に飲まれ、エグロイは驚愕した。
「なっ、なんだこれはぁぁぁ!!」
 光の刃はそのまま左腕を貫通し、さらに彼の胴体をも切り刻む。なんとか残っている左足で抵抗するが、誰の目で見ても大鬼の敗北は明らかであった。
「無駄だよ」
 凛としたミリタムの声が響く。苦しみもがくエグロイに同情する気はないらしい。その瞳に変化はないものの、放つ気は怒りで満ちあふれていた。
「それは貴方程度の力じゃ形を崩すことも出来ない」
 もはやエグロイの鼻から上しか残っていない状態。耳をつんざくような断末魔を上げ、大鬼は消滅した。
 ふぅ、とミリタムはため息をつくと、白兎の元にゆっくりと歩いていく。碧もあとについていこうとして、誰かに腕を掴まれた。
「ラニア……?」
「駄目よアオイ。ミリタムはミリタムで、話したいことがあるのよ」
 そう言ってラニアはウインクした。

 全身ぼろぼろで、華奢な身体の至る所から血が流れている。自分のせいかと思うと、やけに胸が痛んだ。荒い息をして、かろうじて木にもたれかかっている少女の前に、ミリタムはかがみ込んだ。
「大丈夫……なわけないよね」
「……ったりめーだろ。見て分かンねーのか?」
「はいはい。今治療魔法かけるから」
 白兎の言葉をさらりと聞き流し、右手を彼女に向ける。白兎はむっとしながらも、傷が癒えていくのが分かった。――今は亡き母に抱かれているような、そんな感覚。
 彼は治療魔法と言ったが、正確には神術の一種なのだろう。魔法での治癒は開発は進んでいるものの、現時点では実用化にはほど遠い。
「……ごめんね」
 ぽつりとミリタムが呟くように言った。白兎は驚いて顔を上げる。
「僕のせいでしょう? 貴方がこうなったのは」
 じっと見つめられ、思わず目を逸らす白兎。
「べ、別にお前のせいじゃねーよ。あたいも悪かったんだ」
 白兎がそう言ったあと(しばら)く沈黙が続き――ミリタムが白兎の治療をしているためなのだが――やがて、白兎に対して平行に向けられていたミリタムの手のひらが引かれる。治療が終わったのだろう。
 ミリタムは立ち上がり、呟くように言った。
「……人参……できるだけ食べるようにするよ」
 白兎は弾かれたように顔を上げる。見上げた先には、にっこりと微笑むミリタム。熱くなった顔を隠すように慌てて俯き、しかしちらっと横見すれば、ミリタムが仲間の元へ帰っていく所だった。
(あたいどーにかしてるよなァ……)
 白兎はそう思いながら、疲れで重くなった身体をなんとか起こし歩き始める。危なっかしいと思ったのだろう、碧が駆け寄って、白兎に肩を貸した。
「大丈夫、白兎? あんまり無理しなくていいからね」
「ああ、わりィ……」
 白兎が碧と戻ってくるのを見て、イチカは呟いた。
「……魔族は、一匹片づけたな」
「うん。でもまだいるんでしょう?」
「ああ。少なくとも、もう一匹いる」
 獣配士ヴァースト。同士を殺し、一度イチカとも相まみえた魔族。あのとき何故、彼は撤退したのか。イチカはその事も知りたかった。そのとき、碧が小さく声をあげた。
「どうしたの、アオイ?」
「そういえば、もう七人揃ったんだなって」
「揃った?」
 ミリタムが訊ねる。
「ヤレンから“仲間が三人増える”って言われてたの。白兎とミリタムが増えたから、あと一人、誰かが仲間になってくれるんだよね」
「そういえば、そうね。なんだか五人も七人もあまり変わらないからね〜。あと一人増えたって、なんともないわよね」
 ラニアの言葉に、イチカ以外の全員が苦笑いする。
「……とにかく、先に進むしかないだろう。なんにしろ魔族は一匹倒したんだからな」
「そうだね」
 あとのメンバーも承知し、ゆっくりと歩き始めた。そのことに、誰も文句は言わない。仲間を思いやるその心が、皆にあるだけのことなのだ。

 ――彼らがいなくなってから半刻ほど。大鬼・エグロイが死んだ場所に現れた人影がふたつ。
「……ほぉ」
 そのうちのひとつが地面にしゃがみ込み、感嘆の声を漏らす。隣にもうひとつが立ち、何もない地面を見て言った。
「跡形もないわね。焼き尽くされたのかしら」
「――いや。消されたんだろう」
 もうひとつが眉をひそめる。
「だから焼き尽くさ――」
 異議を唱えようとして、はっとした表情をする。ひとつは少し呆れたような顔をして訊ねた。
「……分かったか?」
「……ええ。魔法ね」
「そういうことだ。それも相当の使い手らしい」
 もうひとつが言った言葉に頷き、指で地面をなぞる。
「ざらついている。これはもしかすると、光魔法だと推測できる」
「……はぁ?」
 もうひとつが頭に疑問符を浮かべ、眉をひそめる。ひとつが小さくため息をつき、分かりやすくもうひとつの影に説明する。
「……お前に言ったオレが馬鹿だったな。とにかく、相手は魔法士だ。いくらオレ達の方が詠唱無しで魔法を使えるとはいえ、敵に回せば少々やっかいなことになる」
「最初からそう言えばいいのよ。ま、そんなのは力押しで上等だと思うけど」
 ってコトで次はアタシが行くわ、と影が張り切るが、ひとつは静かに首を振った。
「そう思うだろう? だが万が一、お前が負けたら? 残りはオレとソーディアスだけ。あちらには魔法士と『結界女』、それにイチカ。どう考えても不利だぞ」
 もうひとつが、ムッとして反発する。
「……アンタ、アタシの力低評価してない? それに一人忘れてるわよ。アタシ達には魔王サマがいらっしゃるじゃない」
 はぁ、とため息をつく影。
「頭を使え。いくらグレイブ殿とはいえ、一気にそれらを相手できるか? まわりは雑魚だと思ってもいい。問題はさっき言った三人だ」
 頭を使え、と言われてカチンとくる影。だが理に適っている。
「……じゃあどうすんの?」
「決まっているだろう。オレが行く」
 影が言った途端、もうひとつが足にすがりつきそうな勢いで影を引き留める。
「ちょっとちょっと。アンタだってけっこー必要不可欠なのよ? 力だけのアタシ達が残ったら、頭脳系が誰一人いなくなるじゃない」
 その言葉を聞いて、影が微笑する。
「? 何よ、なんかおかしいこと言った?」
「いや……“頭脳系”とはオレの事か?」
「アンタ以外に誰がいるっての?」
 とうとう影は声に出して笑い始める。もうひとつの影はしかめっ面をして、影を見た。
「とんだ誤解だな。オレは頭脳系なんかじゃない」
「あのねえ……そんなにハッキリ言いきられたら、アタシはどうすればいいのよ」
「オレはただ戦いを楽しむだけだ。それに、オレよりもソーディアスの方が頭脳系だと思うぞ。戦いが好きなフリしてちゃんと考えている」
 ちっちっち、と指を振るもうひとつの影。
「表向きはそーかもしんないけど、本気になっちゃったらアンタと同じかそれ以上よ」
「あいつが本気になったら手に負えないだろう。とにかく……次はオレが行く。有無は言わせない」
 根負けしたもうひとつは大きくため息をつき、はいはい、と返事をした。
「言われなくても言わないわよ。それにアンタ、簡単に死ぬようなヤツじゃないし。死んだら化けて出てきそうだし」
「……褒め言葉として受け取っておく」
 影が返事をすると、先ほどまで凍てついたように動きの止まっていた森が、息を吹き返し始めた。まるで最初から、そこに何もいなかったかのように。
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