第三章第二話  痛み出す過去

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「ただいまーっ」
 まるで自分の家のように、元気よく飛び込んでくる影がひとつ。
「アオイ、お帰り! どうだった?」
 仲間の問いに少女はにっこりと微笑んで、Vサインを作って見せた。そして、自慢げに、誇らしげに語り始める。
「蓮野碧、【思考送信(テレパシー)】クリア致しましたっ!!」
 まるでどこかの選挙にでも参加しているような口調に、仲間の笑みがこぼれる。少女もそれにつられて、先ほどよりも朗らかに微笑む。
 暖かな会話をしているところに、その家の主であろう男が姿を現した。
「ああ、帰ったようだね。料理食べる?」
「はいっ。もうお腹空いてお腹空いて……」
 少女がそう言ったちょうどその瞬間、場違いなほど可愛らしい音が少女の腹から聞こえた。一瞬時が止まった彼らの間に、どっと笑いがこみ上げる。少女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、なんとか紛らわそうと意味もなく大声を上げる。それだけで、仲間の空気は和むのだ。
 少年はその様子を、夢うつつで見ていた。彼女は異世界から来た。自分と『同じ』世界から来た。全てが同じはずの世界で、全く違う扱いを受けて育ったのだろう。光と影のように、少年と少女は対照的である。性格も交友関係も家庭も、全く反対だ。
 今更それを悔やみはしない。今思えば、自分はこうなるべきだったのだと思い知らされる。できるなら『自嘲』してみたいけれども、生憎(あいにく)少年にそんな感情はなかった。自分自身を嘲り『笑う』ことすら満足に出来ない。泣くことなど論外だ。唯一表に出せる感情と言えば、憎悪だとか怒りだとか、どちらかと言えばマイナスのイメージにしかならない感情。視界の端に映る少女のように、あるいは己の仲間のようにくるくると変わる表情が、そのときはただ、羨ましかった。

 暗闇の中、ひとつの母子がいた。
 何も知らない他人が見たら、なんと仲のいい母子だと思いこむだろう。『彼』の周りには、思いこみの激しい知り合いしかいなかった。
 誰か一人くらいは気づいていたのかもしれない。暴力を奮われている小さな子供を、彼女の拳の範囲から救い出すことくらいは出来たかもしれない。
 けれど、誰も彼を助けようとはしなかった。否、助けられなかったのだ。
 何故なら、彼女は実に巧妙にそのことを隠していたから。
 端から見れば互いに笑い合っている、普通の母子。だが視界が百八十度回転したとき、その光景が嘘のように消える。代わりに見えるのは、母親から一方的に暴行されている幼い少年の姿。
 少年は抵抗しなかった。母親の為ならばと、幾度殴られても泣くことはない。
「やめて」
 たった三文字の言葉なのに、殴られて血が滲む小さな唇は動くことすらなかった。ただ頑なに唇を結んで、暴力に耐えていた。
『あんたなんて、生まれてこなければ良かったのに! 死んで、死んでよ! 死んで償ってよ! 生きてる意味もないあんたのせいで死んだ、たった一人のあたしの子供を返して!!』
 母親の、怒りに染まった眼から流れ出る涙。それは、殴られている少年に対する感情ではない。少年はそれを知っていた。知っていたから、ひたすら耐えた。母親が泣き崩れて、そのまま眠ってしまうまで。
 ――ただ、耐えた。
「……!!」
 悪夢にうなされ、飛び起きる人影。全身に汗を掻いたせいで、服はびっしょりと濡れている。呼吸が荒い。前髪を掻き上げ、寝ている仲間に聞こえぬよう小さくため息をつく。
 空は、うっすらと白みを増していた。
「……夢、か……」
 人影――イチカはそう呟いた。
 それは、おぞましき過去。もしイチカがこちらの世界に来なければ、本当に彼が死ぬまで続いていたであろう虐待と暴力。
 出来れば思い出したくなかった。この世界に来て、初めて出会った家族のような存在。否、もう彼にとっては家族も同然だった。もう忘れかけていた。それなのに。
「……最悪だな、今日は……」
 自嘲気味に言いベッドから抜け出す。イチカはベッドの側に立てかけておいた剣を取り、外に出た。あの夢を見たのは今日だけではない。この世界に来たばかりの頃は、一月に少なくとも五回は見た。大抵それを見たときは、イチカはひたすら剣を振るう。夢を、その剣で薙ぎ払うように。

 碧が起きたのは、その二時間後だった。目をこすりながら見渡した仲間のベッドは、全てもぬけの殻。碧は慌てて、しかし小さくあくびをしながら一階に向かった。
 香ばしい匂いがして、無意識にその方向へ向かう。そこは台所で、ミシェルが何かを作っているところだった。
「おはようございまーす……」
 ミシェルは振り向き、にっこりと微笑んだ。
「おはよう。今朝食を作っているから、ミイラがいる席について待っていなさい」
「あ、はい。そういえばミシェルさんって、料理作れるんですね」
「姫君たちが庶民的な料理を好んでね。無論料理長が作るものも食べるが、我々が作る料理の方がお気に召すらしいのだよ」
 そうなんだ、と小さく微笑み、碧は皆がいるであろう“ミイラがいる席”に向かう。
「ああ、ちょっと」
「はい?」
 ミシェルがフライパンを持ちながら、碧を呼び止めた。器用にフライパンを動かしながら、ミシェルは苦笑して言った。
「テーブルの上に人参を置いてきたんだが、食べないよう言っておいてくれないか?」
「ミシェルさんのですか?」
「うん。人参は生に限るね」
 ミシェルの冗談にくすりと微笑む碧。ようやく見えてきたテーブルには、既に仲間が揃っていた。だが、碧の最も気になる人物がいない。
「おはよー……あれ、イチカは?」
 仲間を一通り見回し、不思議そうに訊ねる。ラニアが肩をすくめ、困ったように言った。
「おはようアオイ。それがね、あたしが起きたときにはイチカはもういなかったのよ。結構早く起きたのに」
 と、ちょうどそのとき扉が開いた。音、否気配に反応し、カイズとジラーが振り向く。その先には、たった今話題に上がっていた張本人のイチカがいた。
「兄貴、お帰りー」
「お帰りなさいっす、師匠!」
 イチカはああ、と返事を返した。持っていた剣を扉の横に立てかけ、ゆっくりとした歩調で歩く。
「どこに行ってたの?」
 ミリタムが、ミシェルが出してくれたレクターン王国特産のお茶を飲みながら訊ねる。イチカは一瞬黙り込み、静かに答えた。
「……散歩だ」
 言いながら、ジラーの隣の席に腰掛けるイチカ。碧の横も開いていたのだが、やはり抵抗があるらしい。端から見れば彼の言い分は不自然だったが、幸い誰もそのことを気にしていないようだった。否、気にはしていても、追及までしようとは思わなかったのだろう。一人を除いて。
「早起きな野郎だなァ? 兎族でもそんな朝っぱらから散歩に行く奴なんかいねェぜ?」
 籠に入れられた生の人参を頬張りながら言う白兎。本来ならば止めるべきなのだが、そのとき碧の眼にその光景は映っていなかった。聞こえないくらい小さくため息をついて、イチカは白兎に言う。
「兎族と一緒にするな。それにお前たちは夜行性じゃないのか?」
 やはり横たわっているミイラの側にあるパンを一切れ取って食べるイチカ。まあそうだけどよー、と白兎はぶつぶつ言いながら、とうとう最後の人参まで食べてしまう。視界の隅に映っていた籠の中にあるはずのオレンジ色の野菜が無くなったのを見て、碧はようやく気づいたらしい。
「……あ、あのね白兎。それ、ミシェルさんのだよ」
「……え」
 碧がそう言った瞬間から、ミシェルが来るまで白兎は固まっていた。もう少し早く言っておけば良かったと、碧はほんの少し後悔するのだった。
 その後暫くして、ミシェルが嬉々とした表情で一行の元に現れた。どこかぎこちない一行の様子を見て、その次に映った物足りない籠。ミシェルはそれで、この空気の重さを理解したのだった。敢えて誰か食べたか、とは訊かず、そのまま放っておく。暫しの沈黙のあと、碧が真相を説明し始めた。
「……ってことなんですけど……。あたしにも落ち度はあるんです。白兎は悪くありません」
 怒るならあたしを、と言いかけた碧を、ミシェルは片手で制した。いつもより険しい表情をしていたせいだろう、碧の顔が僅かに強張っていた。ミシェルは己の気に棘があることに気づいたのか、一行一人一人の顔を見ると、にっこりと微笑んだ。
「構わないよ。人参は別に、国宝でもなんでもないからね」
 それを聞いて、白兎が少しばつの悪そうな顔をしたのは言うまでもない。
 なんとなく後味の悪い朝食のあと、一行は部屋に戻る。人参についてミリタムと白兎が少し語ったくらいで、特に重要な話はしていなかった。文字通りぼーっとして、穏やかに時を過ごしていた矢先。碧が皆の顔色を窺いながら、控えめに挙手した。
「あ、ちょっと言っていい?」
「なぁに、アオイ?」
「うん、あのね。…………」
 碧は昨日ヤレンに訊かれ、助言されたことを全て話した。聞き手の六人は私語一つせず、碧の話を真剣に聞いている。
「……ってことで、『巫女の森』に行きたいの。ダメ、かな?」
「教えたい技、か……。もしかしたら、相当なものかもしれないね」
「でも、もし行ってる途中に魔族が現れたらやっかいよね〜……」
 ミリタムとラニアの言葉で、頭を抱える一行。それで数分会話は止まったが、イチカが沈黙の中、静かに言った。
「……だが、この間一匹倒した。たかがそれだけで人手不足というわけではないだろうが、奴らの戦力を削ったことはたしかだ」
 カイズがうんうんと頷き、ジラーが挙手する。
「師匠に賛成。複数で襲ってこない限り、危険性はまずないと思う。それに巫女の森は魔族の力を通さない、って言われてるし」
「オレも賛成! それにさ、アオイがその技を覚えたら魔族の相手するの楽になるかもしれねーだろ?」
「たしかにそーね」
「んじゃ、それでオッケーだな!」
 一人が言い出すと、皆が賛同し始めた。最終的には全員の意見が一致し、一行の『巫女の森行き』が決定したのだった。

「ネオン様から聞いているよ。君たちは魔王軍に狙われているそうだな」
 碧がミシェルに『巫女の森』へ行くことを言うと、ミシェルは快く承諾してそう言った。
「私の役目はここに来るであろう君たちを泊めてやること。その役目を果たしたのだから、私も王国に帰ることが出来て一石二鳥だ」
 言いながら、ミシェルもあの殺戮(さつりく)現場のような家から荷物をまとめて出てくる。それを見た一行の誰もが目を見張り、碧が皆の気持ちをまとめて訊ねる。
「ミシェルさんの家じゃないんですか?」
 今度はミシェルが目を見開いた。そして次には声をあげて笑い、無数の疑問符を浮かべて立っている碧らに、腹を押さえながら弁解した。
「この家は空き家だったんだ。ちょうどレクターンの領土だから、国王が引き取られた。第一、オレはあんなに悪趣味ではないし、オレの家は城の側にある騎士寮だよ」
「騎士にも寮が?」
 ラニアが訊ねると、ミシェルはああ、と返事をした。
「大抵オレたちは騎士寮で暮らしている。一日のほとんどは城にいるけどね」
 ミシェルは軽く手首を振り、ピィーと彼方に向かって指笛を吹く。数秒して、どこかの映画のように足音高らかに現れたのは――
「馬……!!」
 それを見た碧の眼が、星とでも形容できるほどキラキラと輝く。そこに現れたのは、『中世』の『騎士』が乗るような馬、サラブレッドだった。碧は中世に関係のあるものならば、非常に敏感に反応する。サラブレッドの毛並みや色を見て、碧は暫し絶句していた。
 ミシェルはそんな碧の思考などつゆ知らず、軽くサラブレッドの(たてがみ)を撫でる。それに答えるように短く一声鳴くと、サラブレッドは頭を垂れた。主に対する「乗れ」の合図である。
「君たちには悪いが、オレはこいつで国に帰る。健闘を祈るよ。では!」
 ミシェルはサラブレッドの広い背に乗ると、「はっ」とかけ声を掛けた。それを合図にサラブレッドは勢いよく駆けだし、あっという間に見えなくなった。
「さて、おれ達も行くか。……ラニア、そいつのどこかに行った意識呼び戻してやれ」
 未だにその場で固まって――もとい、絶句して意識がすっとんでしまっている碧に目をやり、イチカはすたすたと歩き出す。他の者も彼のあとについていき、指名されたラニアと硬直してしまった碧が残った。ラニアはどんどん先へ行ってしまうイチカらの背中と、頭の上でひよこが回っていてもおかしくないくらい気絶している碧を見比べて、どうすべきか考えた。
「うーん……アーオーイ! 戻ってらっしゃーい!」
 ラニアが数度碧の目の前で手を振ると、碧ははっと我に返ったようだ。だが視線は彷徨(さまよ)っていて、やはり完全には意識が戻っていないようである。
「……あ、ラニア……サラブレッド……?」
 言っていることが支離滅裂な碧にラニアは一瞬眩暈(めまい)を覚えたが、気力を頼りに声を張り上げる。
「なに言ってるの! 『巫女の森』へ行くんでしょ!」
 ラニアはほぼ強引に碧の手を引き、イチカたちのあとを小走りで追うのだった。碧は暫く、サラブレッドを見たときの記憶を失っていた。
 そのころ、北方にそびえ立つ古びた城。その中枢から、一つの強大な力を持った存在が出掛けようとしていた。その強大な力を持った者の後ろから、やや慌てて走ってくる者がひとり。
「ねぇちょっと、ヴァースト。やっぱりアタシもついていきましょうか?」
 強大な力――獣配士ヴァーストを、珍しく慌てて引き留める彼の仲間・クラスタシア。ヴァーストはややうんざりとした表情でため息をつく。
「……お前こそ、オレの力を低評価していないか?」
「そんなことないわよ。ただ……なーんかヤな予感がするものだから」
 クラスタシアはうーん、と唸りながら説明する。そんな彼を見て、ヴァーストは苦笑する。
「嫌な予感……か。まぁ、今回オレが奴らと戦って死ぬのなら、それは避けて通れない事なんだろうな」
「アンタにしては珍しく臆病ねー」
 ヴァーストに呆れた眼差しを送るクラスタシア。ヴァーストは一瞬「ほっとけ」と言いたげな顔をしたが、すぐに真面目な表情に戻る。
「もしオレが死んだとしても、お前がソーディアスと組めばいいことだ。オレよりもお前たちの方が強いのだから」
「そりゃそうなんだけど……」
 まだ何か言い足りなさそうなクラスタシアを見て、「用がないなら行くぞ」と声を掛けるヴァースト。彼が返事をする前に、ヴァーストの姿はそこから消えていた。クラスタシアは小さくため息をついて、重たい足取りで古城へと歩く。
「アタシが言いたいのは、誰が魔王サマのご機嫌を取るか、ってことなんだけどね〜」
 勿論そんなクラスタシアの独り言が、彼に届くはずもなく。

「なんか、気分(わり)ィんだけど……」
 レイリーンライセルを出発してから数日後、巫女の森付近。整備された林道を歩いているとき、白兎が発した言葉がそれである。なるほど彼女の言うことに比例して、白兎の顔は青白い。普段は天高く伸びている彼女の自慢の耳も、今は心と同じか大きく垂れ下がっていた。
「兎族だからじゃないの? ここにいて気分がいいのは心の澄みきった人間だけならしいし」
 ミリタムがすかさず言う。じゃあお前は澄みきってンのかよ、と白兎が訊ねている途中に、ミリタムは碧に訊ねた。聞こえていないのか知らんぷりをしているのか、白兎のわざとらしい舌打ちにもミリタムは動じていない。
「アオイはどう? 気分がいい? それとも悪い?」
「ううん、普通」
 碧は首を振り否定する。それを聞いたミリタムは再び白兎に向き直り、「ほらね」と得意げに微笑んだ。白兎は怒るよりも叫ぶよりもすっかり呆れて、「そーかいそーかい」とだけ返した。
「見えてきたぜ! あの鳥居だ!」
 カイズが叫ぶ。彼が指さした先には、以前来たときと変わらぬ紅い鳥居。やはり以前と同じく、それは大きな口を開けて出迎えた。一行がそこに足を踏み入れた、そのとき。
「っ!?」
 突然その場に倒れ込むラニアたち。まるで上から何かに抑えつけられているように、彼女らは身動き一つとれないようだ。碧とイチカだけは平然としていて、今起こった事態にただただ驚くばかりであった。
「ら、ラニア? みんな?!」
「ヤレン様のお導きです」
 碧の慌てふためく声を静めるかのように響く、凛とした声。一行がそちらを向く。そこには、白兎とミリタム以外は以前も会った、この森の巫女が佇んでいた。
「サトナ……!」
 誰かが叫ぶ。声の主――サトナはただ黙って倒れた者たちを見つめるだけで、彼らを助ける気はさらさら無いらしい。唯一立って動ける碧とイチカを見つめて、サトナは静かに言った。
「アオイさんとイチカさん以外は中に入れるな、とのご神託が下りました。兎族の貴女(あなた)が苦しいのは、結界を強化したため……。他の方も、通せません」
 きっぱりと言い放つサトナ。碧は周囲に倒れ込んでいる仲間を見渡し、おろおろと落ち着きがない。イチカも同様に仲間を見渡して、最後に目がいったサトナを強く睨みつけた。
「……なんの真似だ」
 低く訊ねるイチカ。その声に微弱の非難が含まれていたことを、皆は気づいているだろうか。サトナは決して表情を変化させず、はきはきと言った。
「今言ったとおりです。ヤレン様は、貴男(あなた)とアオイさん以外の方に会う気はないとのことです」
 イチカの眼をしっかりと見据えて言うサトナ。その眼は、決して嘘をついていなかった。イチカは自分が物静かな分、他人の感情の変化には皮肉なほど敏感だった。今目の前で仲間の動きを封じているであろうこの少女に、感情の変化はない。
「……分かった。あんたの言うことは信じる。だが仲間も中に入れてもらおうか。魔族はおれたちと関わった人間から先に消そうとしている」
 イチカもサトナの眼を見て言った。
 いくら神聖とはいえ、森の中と外では結界の強さに差がついてしまう。高位の魔族ともなれば、人間になりすまして森の入り口まで来ることなど糸も容易いだろう。ラニアたちを置き去りにすれば、魔族は間違いなく彼女らを狙う。魔族の狙いは碧とイチカ。だがそれ以前の狙いは、碧らを庇い立てする仲間なのだ。
 サトナはイチカの意見に耳を傾けたようで、分かりました、と小さく呟いた。
「いいでしょう。こちらへ。一時的に結界の力を緩めますから、置き去りにされたくなければ急いで中に入ってください」
 サトナが言い終わると同時に、一瞬入り口の辺りが揺らいだ。それが結界の力が緩んだ合図なのだろう。
「めちゃくちゃな巫女だな、ッたく……!!」
 一行の中で今最も動きが鈍っている白兎だが、ミリタムに肩を支えられ『一瞬』を切り抜ける。ラニアやカイズ、ジラーも紅い鳥居をくぐり抜け、外よりも更に聖気で覆われた森に足を踏み入れた。その途端、白兎の顔がみるみる青ざめてゆく。
「……げ、外の方がまだマシだぜ……」
「そりゃあ、ここが本当の聖域だからね」
 白兎の言葉に苦笑しながらミリタムが答える。
 サトナは皆が森に入ったことを確認すると、細い指先を入り口に向けて何かを唱え始めた。すると紅い鳥居の外は霧が掛かったようにぼやけていく。
「ここは間違いなく聖域ですから、魔族は入ってこれないでしょう。できればあなた方は、ここから動かないことをお奨めします」
 サトナが残ることになった者たちに向けて言う。次に、碧とイチカに向き直って言った。
「それではあなた方はこちらへ。ヤレン様がお待ちです」
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