B-DASH!!
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――これは、神の子と呼ばれた聖者が誕生してから幾千と幾百年後のことである。
人類が滅び、新たに発展を遂げる生き物が現れた。
その名は『アンドロイド』。遙か昔人類が研究のため創りあげた、ロボットよりも精巧な生物である。だがそれは実にいびつな形で現れ、人類の研究は失敗に終わったのだった。
ところが近年、いびつな形であったそれは人の形をかたどり、天才的な頭脳を持ち始めた。当初、アンドロイドという生き物は人類が創った一体だけだったが、人間並、否、それ以上の頭脳を持ったそれは自分の仲間を創り発展させたのである。
――これは、最初のアンドロイド・ノルシュタイン博士にこき使われている哀れな少年のお話。
地球上に無数に置かれているドーム。それが彼ら、アンドロイドの住処である。
そのうちの一つ、他のものよりもやや小さめのドーム。その中にはベッドに寝転がり、音楽を聴いている少年の姿があった。雑誌に目を通しながら、暢気に鼻歌を歌っている。天井に取り付けられた平面スピーカーから流れる音楽は、確かにリズミカルではあった。
「ビートよ、いるかー? ちょっと頼みたいことが……」
ベッドの側にある液晶画面に、頭部が寂しくなっている初老の男・ノルシュタイン博士が映る。だが少年・ビートには聞こえていないらしかった。相変わらず機嫌良く趣味の時間を満喫している。
――否、聞こえていた。聞こえていないフリをしているのだ。自分がこき使われていることを、ビートはよく分かっている。
「……ビートも賢くなったものだ。わしの目的をちゃんと理解している」
博士は尖った顎髭を撫で、感心したように言った。その一方で、片手は何かのスイッチに触れようとしていた。
何も知らないビートは、やはり音楽鑑賞に浸っていた。いよいよサビにかかろうかというとき。
「こらビート!! 用がある、すぐ来るのだ!! 来なければ邪魔するぞぉ〜? 音楽聴けないようにしてやるぞぉ〜?」
「うわあああああああ!!」
スピーカーから流れていた音楽が途絶え、変わりに博士の声がビートの家中に鳴り響いた。さすが博士というべきか、彼の家には全ドーム中の電気機器を調整できるスイッチが大量にあるらしい。だがそれは完璧にプライバシーの侵害である。
ちなみにビートは、音楽をいつも大音量で聴いている。そこに同量の博士の声がするのだから、鼓膜が相当危ないだろう。
「はぁ、はぁ……博士!! 何なんですか一体?!」
ビートは耳を押さえながら、ようやく液晶画面と向かい合った。もはや博士から逃れられないと観念したようだ。
「だーから用事だと言っとろうに」
悪びれた様子もなく博士は言う。
「……自分のしたこと分かってんですか?! せっっかく人がリラックスしてるときに、あんな大音量の声流すなんてどうにかしてますよ!!」
「話を聞かん君が悪いのだよ。んー?」
「……!!!!!!」
顔を真っ赤にして怒るビートに対し、明らかにからかい口調で話す博士。
「まあ落ち着きたまえ。それ以上高熱になると思考回路が故障する。それに、今回ばかりは君でなければできない事なのだよ」
博士は途端に真面目な表情になり、じっとビートの目を見つめた。ビートからはブラウンの眼鏡に遮られて博士の目は見えないが、訴えかけるような目をしていることは分かった。ビートにとって、彼は父のような存在だ。滅多にそんなことを言わないのなら、多少納得がいかなくとも首を縦に振っていただろう。
そう、【滅多に言わないのなら】。
「……それ前も聞きましたけど」
「アンドロイド大会で優勝した君ならできるっ!」
ビートの言い分をまるっきり無視し、博士は自信をつけさせるようにぐっと自分の手を握りしめた。こうなっては何を言っても無駄だと感じたか、ビートは大きく溜め息をついた。
「……で、用事は?」
「うむ。実は、第三研究所跡地に行ってほしいのだ」
「“第三研究所”……? なんですかそれ?」
眉をひそめるビート。博士は眼鏡を中指で押し上げた。
「遙か昔、地球上に存在していた人類が遺した施設だ」
「はぁ。そこに行けという根拠は?」
「昨日調べたのだが……生体反応があったのだ。おそらく――人類のな」
「! まさか……」
「そう。救出し、保護すること! それが今回の君への用事なのだよ」
「……やっぱりうまく言いくるめられたような気がする……」
ぶつぶつ呟きながら、結局第三研究所跡地にやってきたビート。すでに廃墟となっているため、電気は通っていない。しかし彼は、懐中電灯はおろか何も持っていない。
アンドロイドには特殊な機能が数多く備わっている。見た目は人間そのものだが、身体中の至る所にアンドロイド特有の能力が植え付けられている。例えば目には、暗闇でもよく見える特殊加工が施してある。よって、懐中電灯を持たずとも暗闇の探索は両眼にお任せ、ということなのだ。
あちらこちらに用途が分からない謎の物質が散乱していた。老朽化が進み、一歩歩くごとに地面にひびが入る。時折巨大化したネズミが物陰から顔を出したりもしたが、この時代では珍しいことではない。原形を留めていない生物のホルマリン漬けもあった。おそらく実験用に使われたのだろう。
「にしても気味が悪いな……本当に人類がここにいたのか? というかいるのか?」
人類が滅んでそう時は経っていないと、ビートは博士から聞いていた。ならば生命体があってもおかしくはないのだが、それにしてもこの第三研究所という場所は暗かった。電気が通っていないせいもあるのだが、昼間なのに全く日の光が入ってこない。
「ん?」
所々壁が剥がれていて、より一層気味悪さが増す。その奥――まるで部外者の侵入を拒むかのように、扉の前で鎖が幾十にも交差していた。
「何かある、ってことか……」
ビートはその扉の前に立つと、紙をちぎるような手つきで無数に絡まった鎖をほどき始めた。これも、アンドロイドの特徴である。毎年力を競う為にアンドロイド大会なるものが開催される。ビートは昨年度優勝者である。毎年結果が出るたびに博士は、皆平等な力を持つように造ったはずなのだが、と不思議がっていた。
ようやく最後の一本を解き、いよいよ扉を開けようとするが開かない。
「ぬ……ぬぬぬぬぬ……!!」
剛腕を誇るビートでさえ開けられない。
ふと扉の横を見ると、パスワード認証装置が目に入った。辛うじて注意書きの文字は読めそうだ。『四文字の英数字を入力せよ』とある。
「ロックしてある……全く、何が入ってるんだか」
文句を言いながら、手首のリストバンドにあるボタンを押す。
「おお、どうしたビート」
それは通信機に早変わりした。小型化した博士の立体映像がリストバンドの表面に立っている。
「ものすごく厳重にロックされた扉があるんですけど、どーやらパスワード制になってて入れないんですよ。博士知りませんか?」
「パスワード制……か。ちょっと待っておれ」
博士の姿がリストバンドの上から消えた。どのくらい待たされるのだろうかとビートは気になったが、予想に反して数分で博士の映像が戻ってきた。
「ビートよ、分かったぞ。パスワードは、“H0E3”だ」
「はい……って、なんで分かったんですか?」
「とにかく入ってみたまえ。おそらくそこに生命体があるはず」
通信を切り、英数字を入力していく。すると、ランプが緑色に光り扉が開いた。
そこは、今までの薄暗さからは想像もできないほど光に満ちていた。あまりの明るさにビートの目がくらむ。天井は筒抜けになっていて、その部屋だけでもビートの住むドームの倍以上の大きさであった。
その部屋の中央に、全長二メートルほどのカプセルがあった。ここにもやはり幾重にも絡んだコードのようなものがある。しかし、それは引きちぎらなくても良さそうだ。好奇心が先立ち、ビートはゆっくりとカプセルに近寄った。
「……!」
思わず息を呑むビート。
カプセルの中に“生命体”がいた。ただしそれは少女という形で。
腰まで届くほどの長い金髪。両眼は緩く閉じられており、安らかに眠っているようだった。白い肌がより一層引き立つ灰色のノースリーブに、薄い赤のスカート。胸の前で手を組み、少女は眠っていた。
「……博士。いました、生命体……」
ビートは震える声で連絡をした。
「でかしたぞビート! すぐに救出したまえ!」
「はい、ですが……カプセルに入っていて……」
「カプセル? そうか、ビート、おそらくそのカプセルの横に赤いボタンがあるはずだ。それを押せ」
ビートは言われたとおりにボタンを押した。すると、そのカプセルの蓋がおもむろに開き始めた。
「……ん……」
蓋が完全に開き切ったと同時に、少女が軽く身じろぎをした。ビートは思わず後ずさる。
――実はビート、全く異性とは面識がない。
無論、女性のアンドロイドもいる。だが彼の場合、創られて十七年間、女性と会う機会がなかったのだ。どういうわけか博士が会わせないようにしていたのである。よって今回は文字通り未知との遭遇となる。
一人でうろたえているビート。そのとき少女が眼を開き、目の前にいたビートを見て二、三度瞬きをした。
「……あなた…だぁれ?」
小首を傾げて訊ねる少女に、ビートはどきっとする。
「え……っ……び、ビート」
――女って、こんな仕草をして名前を訊いてくるのか。
ビートは勝手にそう納得してしまったようだ。女性に会ったこともないのだから無理もない。
「ビート……? ビートね! わたしはクレア。よろしくね」
「く、クレアか。よろしく」
一方的にぎこちない挨拶が展開された。幸か不幸か、少女――クレアの方は特に気にしていないようだ。
「……ねぇビート。ここは今何年なの?」
クレアが突然、思い出したように訊ねた。その紅い瞳は真剣そのもので、ビートも気を引き締める。
「今? 三二〇二年だけど……」
クレアの表情が驚きに変わった。
「三二〇二年?! 信じられない、千年以上経っているなんて……」
今度はビートが驚く番だった。
「千年以上?! 君は一体……?」
「ビート、一つだけ教えて。あなたは人間じゃなくてアンドロイドなの?」
「ああ……」
「やっぱり……じゃあお父さんの研究は成功したのね!」
「研究? 確かに僕らを生み出したのは、ノルシュタイン博士じゃなくて人間だって言われてるけど……もしかして、君のお父さんが僕らを?」
ビートが訊ねると、クレアは大きく頷いた。そして柔らかく微笑む。
「良かった、成功してくれて。もし研究が失敗していたら、わたしは死んでいたわ」
「えっ!?」
少女はぽつりぽつりと話し出した。
「お父さんがこのカプセルにわたしを入れたのはね、研究に自信があったからなの。カプセルが生命を保っていられるのは長くて二千年……もしその間に人類でない何かがわたしを助けてくれたら、お父さんの研究は成功したってことになるのよ。本当に良かった!」
「君が……カプセルに入ったのは?」
「二一〇五年よ」
にっこりと微笑むクレア。ビートも何故か、それにつられて微笑む。
「すごいね、君の父さんは……」
手を差し出すビート。クレアはそれがなんのことか分かったらしく、彼の手に己の手を重ねる。
「ビートにお父さんはいないの?」
「アンドロイドだからね。父さんみたいなひとはいるよ」
苦笑しながら答えるビート。クレアがカプセルから降りたのを確認すると、しっかりと彼女の眼を見て言った。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
手を繋いでその場をあとにする姿は、さながら中世の騎士と姫のように。
人類とアンドロイドが、共存できる日は近い――……。
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